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「んぅ、旦那、様……」

 固く閉じられた瞳は、(あかつき)をまだ見ない。
 厚地のカーテンの隙間から覗く窓の外は、深い海の底に沈んだように(くら)いままだ。

 ベッドサイドに衣擦れの音がして、青灰色の瞳に憂いを滲ませた美貌の青年がエリアーナの寝台の真横に膝を付く。

「寝言、……か」

 繊細な指先がそっエリアーナの額をすべり、閉じたまぶたに落ち掛かるひとすじの髪をすくい上げた。

「……すまない、エリアーナ」

 すると、ためらいがちな(かんばせ)がゆっくりと近づいて。
 静かな寝息を立てる白い額に、形の良い彼の唇がそっと押し当てられたのだった。



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 ——アレクシスさまが、私を『可愛い』だなんて。
 そんなはず、ありません……っ!



「……そんなはず、ありません……」

 ゆっくりと目を開けたエリアーナは、まどろみの中で何度も同じ言葉を呟いていたことを知る。
 朝日の眩しさに、やっと現実に引き戻された。


「………夢……?」
 ——それも、とてもリアルな。


 現実に起こった出来事にもとづくものに間違いなさそうだけれど……あの日あの時、木から落ちたエリアーナを受け止めてくれたのは、夫のアレクシス。

 だけど……夢の中で見たような優しい眼差しだったかどうか。
 今ではもう、ほとんど覚えていないのだった。