*————————————

 
 少女は、少年の腕を紅いものがすっと流れ落ちるのに気が付いた。
 木から落ちてしまった少女を受け止めたとき、そばにあった石にかすめて肌を切ったのだ。

 つい先ほど授剣式典のアコレードで、少年の右肩に神々しい長剣が触れるのを目にしたばかりだというのに。
 彼の綺麗な腕を、あの凛々しい腕を、あらぬことか自分のせいで傷つけてしまったなんて……!

 木登りなんて、するべきではなかった。
 庭に出てまで探しに来てくれた少年に止められたのだから、素直に従うべきだった。

 だけど……少年に見せたかった。
 自分は高貴な生まれの令嬢ではないことを、少年に示したかった。

 裾の広がったドレスで木登りするようなお転婆と婚約だなんて、侯爵家様が選択を間違えた、あとで後悔するに決まっていますと。

 要するに、少女エリアーナは『逃げ出した』のだ。

 アコレードを済ませたばかりの美しい少年の前に連れて行かれ、「そなたの婚約者だ」と紹介された、あのひどく居心地の悪い場所から。

 自分を捉えて離さない少年の瞳があまりに切なく、綺麗に揺れるものだから——。