〇黒町家屋敷・寝室(朝)
 朝7時頃。江芭布団の中で目を覚ます。

江芭M「ちょっと胸がだいぶ楽になったかもしれない。薬が効いた感じがする」

江芭、ゆっくりと布団から起き上がる。久仁和の姿は見えない。

江芭「どこへ……」

 江芭、四つん這いの状態で寝室の辺りをきょろきょろと見渡す。広い寝室には江芭以外誰もいない。

江芭M「どこへ行ってしまったのだろうか」

 女中A、正座した状態でふすまを開けて寝室へと入る。

女中A「おはようございます。奥様。お加減はいかがでしょうか?」
江芭「あっおはようございます。体調は……昨日の夜よりかはましになりました」
女中A「それなら良かったです。朝食をお持ちしました」

 女中A、右横に置かれた朱塗りの膳を持って江芭の元に近寄り膳を置く。膳にはお茶碗と朱塗りのさじ、朝食後に飲む用の薬が乗っている。

江芭M「美味しそう」
女中A「今日はお雑炊をご用意いたしました。では」
江芭「あっ待ってください。久仁和様は……」
女中A「外出中です。じき戻るかと」
江芭M「外出中か……仕事かな?」
江芭「わかりました。教えてくださりありがとうございます」

 女中A、ふすままで近寄りそこで座礼をし、静かに退出していく。

江芭M「とりあえず、ご飯食べようか」
江芭「いただきます」

 江芭、手を合わせて膳に向けて挨拶をするとさじとお茶碗を取り雑炊をすくって口の中に入れる。

江芭「……美味しい! これ、卵入ってる」
江芭M「卵貴重だからそんなに食べた事が無い。それに鮭やネギも入っててとっても美味しい」

 スーツ姿の久仁和、ふすまをばっと開いて入室する。

久仁和「起きたか、江芭」

 江芭、慌ててお茶碗とさじを膳に置いて座礼をする。

江芭「お、おはようございます」
久仁和「よく眠れたか」
江芭「はい。おかげさまで」

 江芭、控えめに笑う。久仁和、それを見て顔をほころばせる。

久仁和「なら、良かった。朝食を食べたら薬を飲むんだ」
江芭「はい」

 久仁和、朝食を食べるのを再開した江芭の横顔を穏やかに見つめる。

久仁和「昨日の話の続きをしようか」
江芭「よろしいのですか?」
久仁和「ああ。約束の時間までまだあるからな。あの借金取りについてだ」
江芭「ああ、あの……」
江芭M「久仁和様の頬を燃やした……」

 江芭、じっと久仁和の顔に目線を向ける。

久仁和「黒町家の当主になった時。上手い事騙して因縁をつけて彼らからこれでもかと言うくらいのありったけの財を奪ってやったんだ。だが、あいつらはあの時の事を覚えていなかった。白い仮面を付けていたのに……」

 久仁和、うつむく。

江芭M「復讐を成し遂げたんだ……」
久仁和「だが、こうして復讐を成し遂げられたのは、ざまぁみろという気持ちはしたな」
江芭「そうだったんですね」
江芭M「痛い目を見たなら、もうあのような事はしないかな?」

 久仁和、顔を上げ天井を見上げる。

久仁和「貴様には俺がいる。だから大丈夫だ。あと両親に手紙を送っておいた。報告が無いのもどうかと思ったからな」
江芭M「そっか……両親には報告出来てないからありがたいけど、薫がどうなるか……」
久仁和「妹の事だな?」
江芭「! はい、そうです……」
久仁和「それなら安心しろ。こちらの方が立場は上だ。だから妹が何かしでかしても俺がいる」

 久仁和、江芭の頭を撫でる。

江芭「あ、ありがとうございます……」
久仁和「ああ、良かったら朝食を食べた後に土俵入りでも見るか?」
江芭「土俵入り?」
久仁和「縁起が良いし江芭に見せたいと思ってな。この屋敷に横綱達を案内する予定だ」
江芭M「そ、そこまで……! 流石は公爵家の黒町家。すごい……!」

 江芭、口を丸くさせつつ朝食を食べ終わる。久仁和、一息ついてから江芭の右手を取り立ち上がる。江芭も立ち上がる。

久仁和「さあ、行こうか」
江芭「は、はい……!」
江芭M「これからの生活が楽しみだ……!」

〇神原家屋敷(昼)
 薫、黒町家からの手紙を両手で震えながら持ち、読んでいる。

薫「なんですって……? お姉様が黒町家の妻になったなんて」
薫「お父様とお母様、もしかして私に黙ってたの?!」
 
 薫、後方にいる両親の元に振り向ききっと睨みつける。

江芭の父「いや、知らなかったんだ。さらわれた後あのまま結婚するなんて」
江芭の母「江芭が何かしたのかと思ったら結婚式を挙げたって私達さっき知ったばかりなのよ……!」
薫「うそよっ! じゃあなんで止めなかったのよ!」
江芭の父「黒町家は公爵家だ、うちは男爵家だから止めるだなんて……!」
薫「ふん……でもいいわ」
薫M「侯爵家の松夫様より公爵家の黒町家の方がお金もたくさんあって魅力的だわ。私の方が地味で病弱なお姉様よりも黒町公爵家の妻にふさわしいって事、見せてやる」
薫「ほしくなっちゃった……」

 薫、舌なめずりをしながら不穏な笑みを浮かべる。