Hush night


なんで俺が声かけられたんだ。

どうして俺のことをじっと見つめていたんだ。


疑問は次々と出て来ていたけれど、ひとまず彼の質問にそっけなく答えた。



『……麗日です』


『レイヒ? 漢字は?』



『麗しい日、で麗日です』


『そうか、麗日。俺は獅童だ、覚えておけ』


『……獅童、さん』



なんとも不思議な会話だったと思う。

でも獅童さんは、その日からもずっと、俺のことを子供だからと馬鹿にしたり下に見たりはしなかった。


その距離感が心地よくて、反発することなく言葉を聞き入れたのは久しぶりの感覚だった。


『麗日は……雪音(ゆきね)の子か?』



確信めいた口調で出てきた“ 雪音 ”という名前は、母親の名前だった。



『そう、です』



慣れない敬語で頷くと、獅童さんは少しの間沈黙して俺を見つめていた。

それに怪訝な表情で見返すと、彼は目が覚めたように首を横に振って言った。



『雪音によく似ている』

『母を、知ってるんですか』


『ああ。僕は生前、きみの母にお世話になった身なんだ』

『……そう、ですか』



これも後から知ったことだけれど、どうやらうちの母親は、獅童さんの愛人だったらしい。

母のことはよく覚えていなかったから、その事実に大した抵抗はなかったけれど、一応俺の父親は獅童さんではないことは教えられた。



……いっそ、俺が獅童さんの息子ならよかったのに。

頼り甲斐のある広い肩幅を眺めながら、そんなことを思っていた。