孤独な少女は優しさに堕ちていく。

あの頃の私は、明るい母と無口だけど優しい父、天真爛漫な弟に囲まれ、絵に描いたような平和で、楽しい日々を送っていた。

悲劇が起きたのは碧葉の誕生日だった。

碧葉が水族館に行きたいと言ったので家族全員で、少し遠くの水族館に出かけることになった。

いつも以上に碧葉は元気で、母と父も楽しそうだった。

私は碧葉にサプライズでプレゼントをあげようと碧葉の好きなヒーローの人形を用意していた。

でも私は、そのプレゼントを忘れてしまったのだ。

その事に気がついたのは、歩いて駅に向かっている途中だった。

私は電車か来る時間にゆとりがあるのを良いことに、両親と弟を待たせて取りに帰った。

急いで家に戻って、きれいにラッピングした袋を鞄につめる。
遠くて救急車のサイレンが聞こえる。

今度は来た道を小走りで抜けて家族の待つ場所へと戻ったつもりだった。

でも、そこにあったのは少しの人だかりとギラギラ光る救急車の明かりだけだった。

家族に何かあったのではないか、とはかけらも考えなかった。
考えないほど、私にとって家族は絶対的で、消えてしまうことなんてないものだった。

自分の記憶違いかと思って、引き返そうとした。

担架に乗せられた碧葉を見るまでは。

勢いよく足を前に踏み出し、碧葉に向かって走りだす。

「あおばっ、」

救急隊員の人が私を止めた。

「碧葉は大丈夫なんですか!お母さん、お父さんはどこですか!!」

「ご家族の方ですか?同乗されますか?」

救急隊員の人は落ち着いていながらも、どこか気迫があって何も言えなくなった私は、「乗ります」とうなずいた。

頭から血を流した碧葉が救急隊員の人になにかされている。

自分の感情がよくわららなくて、ただただ戸惑うだけだった。

病院について碧葉はどこかへ運ばれて行ってしまった。

少しして、看護師さんが私を別室に呼んだ。

黒い眼鏡のお医者さんが座っていた。

促されるままに椅子に座り、聞いた話は到底受け入れがたい事実だった。

「ご家族は事故でお亡くなりになりました。」

「は…?、そんなはずない!少し前まで一緒にいたのに!」

お医者さんが何を言っているのか分からなかった。

「……」

「なんで…、」

それから私は、碧葉の亡骸のある部屋に案内された。
両親の亡骸はどこにあるのか分からなかった。

額に残る傷は痛々しいものの、それ以外は至っていつも通りで、今にも目をこすって起き出してきそうだ。

「あおば…おきてよ…」

長い間何をするでもなく碧葉の枕元で立ち尽くしていた。
これからどうしたらいいか分からなかった。

どのぐらい時間が経っただろう。
斜めから差していた太陽がてっぺんに昇った頃、祖父母と叔母夫婦がやって来た。

「乙葉ちゃん!」

祖母は病室に入るなり私に飛びついてきた。

「何があったの?乙葉ちゃんはなんともないの?碧葉君は…」

「…」

祖母も状況が分からないのだろう。
でも私に分かることは家族がいなくなってしまった、ということだけ。

そして祖父母と叔母夫婦はやって来た看護師さんに連れられて別室に行ってしまった。

きっと、私には出来なかったちゃんとした説明をするのだろう。

家族はいなくなったんだ、と頭では理解しているのに、心は全くもってそれを受け入れようとしない。

しばらくして、泣きながら祖父母と叔母夫婦が帰ってきた。

あのとき、私を待っている間に大きなトラックが家族の元へ突っ込んだ。

咄嗟に父と母が碧葉を庇ったため、救急車が到着した時点で、碧葉だけ辛うじて意識があったらしい。

父と母はその場で心肺停止が確認された。

碧葉は、額の傷しか無いように見られていたものの、容態が急変し、病室で死亡が確認された。

ここからは本当に早かった。

あっという間にお葬式が行われ、遺品整理がされた。

私は叔母夫婦に引き取られることになった。

叔母夫婦も、従姉妹のの悠香ちゃんもとても優しかった。

家族をなくしてから1週間は実感なんてものはかけらもなくて、普段と大して変わらずに過ごした。

でも1週間を過ぎた頃から段々と実感が沸いてきて、家族を亡くした悲しみだけでなく、私のせいだ、という思いでいっぱいになった。

何度も、あのとき忘れ物をしなければ、忘れ物を取りに帰らなければ、と思った。

食事すらままならなかった時期もあった。

それでも時が経つにつれて、私は少しずつ元の生活に戻り始めた。

そして、高校入学を気に両親のお墓の傍のアパートに引っ越したのだ。