〇昼・食堂



あんり「はあぁぁ~~」


大きなため息をついてテーブルに突っ伏すあんりと、慣れっこだと言わんばかりに紅茶をすする黒子。
あんりはやる気がなさそうな顔をしていた。


あんり「五月病。これ絶対五月病だよ~」※五月病:新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称
黒子「退屈でやる気が出ないだけでしょう、あんりは」
あんり「なによぅ。私にだって繊細なんです~」


黒子の言葉にむすっとしたあんり。


あんり「だって、今月は中間テストだけ。範囲見たけどちょー簡単だったよ?」
黒子「そんなこと言えるのはあんりだけよ」
あんり「えー?」
黒子「…ああ、もう一人いたわね。鷹宮くん」


「鷹宮くん」というワードに、あんりの肩が跳ねた。
黒子はその反応を一瞥し、ティーカップを置いた。


黒子「私を置いて帰っちゃうんだもの。仲良くなったみたいね」
あんり「そ、それはごめんって言ったじゃん~」
黒子「別に気にしてないわ。……私も一曲、あんりと踊りたかっただけ」
あんり「ん?なにか言った?」
黒子「いいえなにも」


ぼそっとつぶやいた言葉はあんりには届かなかった。
その時、校内放送が入る。


郁「生徒会の皆さん、本日の放課後、生徒会室へお集まりください」

あんり「お、なんかあるのかな」
黒子「あんりの退屈を紛らわすものならいいわね」


生徒会の集まりにうきうきを隠さないあんりに、黒子はいつも通りの表情でそう言った。



〇放課後・生徒会室前



あんり(ここに来る前に黒子に「会長にはあまり近づかないで」って言われたけど…。会長なにかしたのかな?)


とぼんやり考えながら扉の前にたどり着き、ノックしてから中に入る。
中には、ソファに座った郁、識、銀髪で長めの髪の男子がいた。
あんりは、どこかで見た気が…と首をひねった。
郁に促され、識の隣のソファに座った。


郁「そろいましたね。では、生徒会会議を始めましょうか」
あんり「…えっ、これで全員ですか!?」


思ったより少なすぎる人数に驚くあんり。
郁がはい、と頷いた。


郁「三年生は一人体調がすぐれないため欠席。二年生は一人部活動で欠席です」
あんり「なるほど…」

あんり(結構ゆるいのかな?生徒会って)

郁「この通り二名欠席ですが、自己紹介をしましょうか」


あんりはちらりと銀髪の男子を見やった。
そしてんん~?と脳みそを働かせる。


あんり「あっ、いつも鷹宮くんの後ろにいる…!!」
識「俺の付き人だ」

沢白 凛(さわしろ りん)
鷹宮識の付き人。身の回りの手伝いなどをしている。
基本的にしゃべらず立っている。
赤リボン。

あんり「へぇ…。灰音あんりです、よろしくお願いします」
凛「書記の沢白凛だ。別によろしくするつもりはない」


かちんと青筋を作るあんり。


あんり(持ち物は主に似るとか言うけど、人でもその通りじゃん!)


と識を睨みつけるあんり。
識は知らんふりしている。
郁が、「ちなみにあと2人は女の子ですよ」と微笑んでいた。


識「そろそろ本題を」
郁「そうですね、識くんのせっかちが面倒くさいので」


相変わらずにこにことしている郁とそれを睨む識。


郁「今日お呼びしたのは、来月の体育祭の件です」
あんり(今月はなにもないのか~)※肩をおとす仕草
郁「生徒会メンバーは半分に分かれ、紅白組を作ります。出る競技はクラスから希望を募って生徒会が確定します。そのため、生徒の得意不得意を見極めなければいけません」
あんり(なにそれ私の得意分野じゃん!!!)


リサーチ好きのあんりからすれば、ちょっとした獲物を見つけたようなものだった。
郁もあんりが目を輝かせたのを見て笑みを深めた。


郁「時間がかかると思いますので、早めにお伝えしたという訳です」
あんり「ありがとうございます会長!」
郁「はい、期待していますよ」


あんりは心の中で握りこぶしを作った。


あんり(ダンスは苦手だったけど、今度は頑張ってがっつり優勝をいただいてやる!)



〇夕方・廊下



生徒会室を出たところで、あんりは黒子が言っていたことを思い出した。


あんり「だって、今月は中間テストだけ。範囲見たけどちょー簡単だったよ?」
黒子「そんなこと言えるのはあんりだけよ」
あんり「えー?」
黒子「…ああ、もう一人いたわね。鷹宮くん」


そしてあんりはふむ、と考え込み、なにかを思いついたか楽しそうな顔を浮かべた。


あんり「あ、ちょっと鷹宮くーん!」
識「あまり大きい声で呼ぶな……」


ダッシュで近づいてくるあんりに少し呆れたようにした識。
あんりはそれに構わず話し掛けた。


あんり「ねえ、もう今月はテストがあるじゃない?」
識「それがどうした」
あんり「ただやってもつまらないでしょ?だから勝負しようよ」
識「はぁ?」※嫌そうな顔をする
あんり「ただ勝負するだけじゃないよ?勝った方は相手になんでもひとつ、強要できる」
識「……」
あんり「悪くない話じゃないでしょ?…それとも、もしかして負けるのが怖い?」


識を覗き込むように煽るあんり。
識はそれにふんと鼻を鳴らした。


識「安い挑発に乗ってやる気はない。…が、しょうがないから付き合ってやる」
あんり「やりぃ~!」
識「ただし、できる範囲でだ」
あんり「えぇ、逆立ちで校庭一周は?」
識「やるか馬鹿」






〇昼・休日・学園近くの大きい図書館



メモを見ながら棚の間を歩くあんり。
手には三冊ほどのぶ厚めの本がある。


あんり「えっと、……んー、ここにもないかぁ」


すると、ばったり識に会う。
あんりは思わぬ人物にぽかんとした。


あんり「あれ、なんでいるの?」
識「なんでって、借りていた本を返しに」
あんり「へぇ~、鷹宮くんって図書館で本借りたりするんだ」
識「…悪いか?」


ぜーんぜん、と笑うあんり。
識はあんりの手にあるメモを見て口を開いた。


識「その本、この館にはないぞ」
あんり「やっぱり?しばらく探したんだけどなぁ」


残念、と肩をおとしたあんり。
そして識が少し黙ったあと。


識「家、来るか」
あんり「っはぇ!?」


突然発せられた衝撃の言葉についあんりは大きな声を出してしまった。



〇鷹宮家・門前



あんり「いや、知ってたけどいい家すぎる……!!!」


超資産家の家を前に、目が¥マークになるあんり。
識は勝手知ったように門を開け、中に入っていった。


あんり「ちょっと、勝手に来てよかったの?」
識「どうせ両親は出てるからな」
あんり「ふぅん」


じゃあいっか!と笑って入っていくあんりもあんりだった。

識についていくと、そこはとてつもなく大きな図書室だった。
下から上までびっしりと棚に敷き詰められた本に、あんりは目を輝かせる。


あんり「なにこの本棚!うらやましすぎるんだけど!!」
識「親と俺の趣味だ。とりあえずいろんな本を集めてる」
あんり「へえ、贅沢な趣味じゃん」


あんりは無意識で言った言葉だったが、識は彼女の言葉に顔をしかめた。


あんり「え、もしかして私が読みたい本もあったり?」
識「ああ、それは確か…」


案内された棚のあたりを見て、身長より上のところにあった本を取ろうとするも高くて取れない。
んん~と背伸びしていると、あんりの背中にぬくもりが触れた。
そして、するりと取り出される本。
上からは「これだな」という声が聞こえた。

急に近づいた距離に、ドキリと跳ねるあんり。
本をあんりに手渡した識はあまり気にした様子はなかった。


あんり「……借りてもいい?」
識「構わない。他に読みたいものは?」
あんり「あ、ううん、とりあえずこれだけ」


本をぎゅっと抱きしめるようにして持つあんり。


あんり「あのさ、これ返す時にまた、」


借りてもいい?と続くはずだった言葉は、あんりのぐうぅぅ、というお腹の音で搔き消えた。
羞恥で顔が赤くなるあんり。


識「昼食は?」
あんり「本探しに夢中で、まだ……」


識は呆れたようにはあとため息をついた。
そして、行くぞとまた歩き出す。


あんり「え、どこ行くの?」
識「いい昼食場所を知っているから来い」
あんり(金持ち御用達とか絶対高いじゃん…)※眉をひそめる
識「俺が行きたいだけだ」


遠回しに俺が払うと言っている識に、あんりは思わずきゅんとした。
そしてそのまま図書室を後にする。



〇遅めの昼食・個室のカジュアルフレンチ



あんり「ふあぁ、ごちそうさま!」
識「おまえ、遠慮とかないんだな」
あんり「ん?」※満面の笑み


よほどお腹がすいていたのか、あんりの前にはいくつかの皿が置いてあり、もちろんすべてからだった。
それに対して識はコーヒーだけしか飲んでいない。


あんり「テスト前の休日にしては、いい気分転換でしょ」
識「余裕そうにして負けても知らないぞ」
あんり「こっちのセリフです~」

あんり(テスト前に図書館いて、勉強する気だっただろうに優しいやつ)


ちゃっかりデザートを食べながらそんなことを思うあんり。
ちなみに会計は、いつの間にか識が済ませていた。
こーいうとこは紳士的なのムカつく、とあんりが頬を膨らませる。



〇夕方・学園近くの小道



送迎の車に学園の近くまで送ってもらったあんり。
本を詰めた紙袋を抱えている。


あんり「ありがと、ここまで送ってくれて」
識「ああ、これっきりだからな」
あんり「そんなこと言わないでよー」


あんりが名残惜しそうに紙袋の中の、識から借りた本を見た。
すると、識が口を開く。


識「次までに、読みたい本決めておけ」
あんり「えっ!」


不意打ちに、ぱっと顔を上げるあんり。
識は相変わらず無表情だった。
あんりは笑顔でうん!と返す。
そして小道を歩いていく。


あんり「明日からのテスト負けないからね!!」
識「せいぜい足掻くんだな」


識の言葉に、あんりはべーっと舌を出す。
そんな2人を夕日が包んでいた。


M「シンデレラが持つのは王子様の本。それは、2人が会うカギとなるのでした」