〇授業の風景



先生にあてられて答える姿、立って英語を流暢に話す姿、体力測定でA判定を余裕でとる姿が映る。


あんりM「シンデレラストーリーを掴み取るために勉強も運動も最高レベル……なのに」



〇広いダンスレッスン部屋・一面大きな鏡



転んだあんりが頭を抱えている。


あんり「どうしてダンスができないのーー!!!」
識「おまえ、本当に下手なんだな…」
あんり「追い討ちかけないでよ!」


あまりのひどさに引いた目をした識。
あんりは立ち上がってぱんぱんとスカートのほこりをはらう。
ていうか、とあんりは不機嫌そうな顔をした。


あんり「女の子が転んでたら手を差し伸べるのが優しさじゃないですか~?」
識「おまえに優しくする必要があるか?」


その言葉にむすっとした表情をしたあんり。
だがたいして気にしてないようにひど!と言った。


あんり「ねえ、その呼び方なんとかならないの?」
識「はぁ?」
あんり「私には灰音あんりっていう苗字と名前があるんですけどー」


あんりの言葉を聞いた識の表情が少し険しくなるが、あんりは気づかない。


識「なんて呼ぼうが俺の自由だろ」
あんり「へぇ、じゃあ私もなんて呼ぼうが自由だもんね。……たかみゃ、しっきー、しきちゃん…」
識「やめろ」
あんり「えー聞こえないなぁ」
識「……………わかった、灰音」


長い沈黙の後嫌そうにしつつそう言った識に、ふふんと満足そうな顔をするあんり。


識「にしても今日で3日目だぞ。仕上げられるのか」
あんり「よ、余裕ですけど……」
識「へえ、ならいいが」


冷や汗をかいて明後日の方向を向くあんりを、ふんと呆れたようにする識。


あんり(ダンスパーティが生徒に発表されたのが一週間前で、一週間後は当日……。間に合う気がしない)


識が借りている学園内の、だだっ広い鏡張りの練習部屋。
ぽつんと鏡に映る自分を見て、「これじゃシンデレラ失格だなぁ」とうなだれているとドアがノックされる。


郁「失礼するよ。灰音さん、練習はどうですか?」
あんり「あ、会長。……全然です」


えへ、と頬をかきながら自信なさげに笑うあんり。
郁はふむ、と顎をつまみ考え事をしている様子。
なにしに来たと視線で言っている識をちらりと見た郁は、少しだけ口角をつり上げた。


郁「では灰音さん、僕と踊りますか」
あんり「あ、え?でも私、ほんっとに下手ですよ?」
郁「大丈夫です、ちゃんとリードしますから」


郁に差し出された手に手を重ねると、ぐいっと体を密着させられた。
添えるだけのはずの手はあんりの腰をしっかり捉えている。


郁「僕の言った通りに動いてくださいね」
あんり「は、はぃ…」
あんり(ふ、踏まない踏まない踏まない…!!)


緊張のあまりガチガチになった肩を、郁が撫でた。
ぱっと顔を上げれば微笑んだ郁の顔があり、あんりは力を抜く。


郁「右、右、左、……」


郁の言うことをただただインプットして、足を動かす。
ほぼ郁に動かされている状態だが、かろうじて形にはなっていた。


あんり(もしかして私、今踊ってる…!?)


と思ったのもつかの間、ぎゅ、と郁の足を踏みつけてしまい「あ」と声がもれる。
ごめんなさい!!と大げさにのけぞいたあんりがバランスを崩し、そのまま後ろへ倒れてしまいそうになる。


識「調子に乗るな馬鹿」
あんり「っ、わ………」


そんなあんりの肩を抱くように支える識が、じろりとあんりを睨みつつ文句を言う。
ダンスを踊れた興奮からなのか彼と近いからなのか胸が高鳴っているあんりが一瞬固まった。


郁「素質はありますよ、すぐできるようになりそうです」
あんり「ほ、ほんとですか」
郁「はい。識くんが意地悪しなければ」


はぁ?と斜め上の識をのぞくあんり。
「意地悪ってなに」と目を細めて識を見た。


識「言いがかりだ」
あんり「へえ?…ま、いいけど。それにしても会長、ダンス上手なんですね」
郁「そう言っていただけて嬉しいです。よかったら練習付き合いましょうか?」


にこりとしながらそう言った郁にあんりは嬉々としてじゃあ!と言ったが、識が遮る。


識「いえ、俺がパートナーなので」※腕を組み、郁を睨みつつ
郁「…そう、なら仕方ないですね。灰音さん、頑張ってください」
あんり「ありがとうございました!」


ぱたんと閉じた扉を2人で見ている。
あんりが識の方を見た。


あんり「なに怒ってんのよ」
識「怒ってない」
あんり「怒ってるじゃん。なに、もしかして会長の教え方がうまくて嫉妬してんの〜?」
識「うるさい。時間の無駄だ、練習するんだろ」


少し維持を張っている様子に、あんりは「やっぱり嫉妬してるんだ」と思ってくすりと笑った。






〇体育・特別生徒女子と一般生徒女子合同授業


100m走の待ち時間。

ふわぁと大きなあくびをするあんり。
眉間を揉んで少しうとうとしている様子。


黒子「今日は眠そうね」
あんり「んー、ちょっとね。最近夜更かしして寮で練習してて」
黒子「…そんな大変な仕事をあんりに任せるなんて。夜更かしは体に悪いのよ」
あんり「いいの、私がやりたいんだ」


そう言いきるあんりに、黒子は不満そうな顔をした。
そんな黒子に向かって、明るい笑顔を向ける。


あんり「心配してくれてありがとう、黒子」
黒子「………あんりがいいならいいのだけど」


つんとそっぽを向いた黒子に、あんりは優しく微笑んだ。


先生「次!灰音さん!」


ピッと笛の音が鳴り、あんりが走り出す。
もちろん身体能力も優秀なあんりは好調な走り出しだったが、突然あんりの視界がぐらりと揺らぐ。


あんり(あれ、視界が、……)


そのままぐらついてあんりは倒れる。
意識の端では黒子があんり!!と声をあげていた。



〇夕方・保健室



目を覚ましたあんり。
柔らかいベッド、暖かい布団、すべてが一般のものよりグレードアップされているもの。

自分の状況を確認しようと辺りを見渡すと、「起きたか」と上から声がかかる。
声の主は識で、ベッドの側にある椅子に座って足を組んでいた。


あんり「なんでいるの、?」
識「今日の放課後の予定だっただろ」


ん?と一瞬頭をひねるが、あんりは慌ててあ!練習!と上半身を起き上がらせる。
勢いのあまり、ズキリと足に痛みが走った。
あんりは足首辺りを押さえた。


識「…倒れたときにひねったか。練習は無理そうだな」
あんり「む、無理じゃない!できるから!」
識「ふざけるな。悪化したらどうする」


識はちらっと患部を見て、眉をひそめる。
あんりは焦ったように言葉を続けた。


あんり「でも、今日で練習は5日目。明日は本番でしょ!?」
識「おまえは練習で足を使えなくするつもりか?」
あんり「っ……」


ぴしゃりと告げられたセリフに、あんりは言葉を失い俯いてしまう。
すると識は、はあぁと大きいため息をついた。


識「…歩けるか、灰音」


きょとんとするあんりの表情。



〇視聴覚室



あんり「ここ視聴覚室じゃん、なにするの?」


不思議そうな顔で、識に促されるまま椅子に座ったあんり。
識は小さいリモコンで大きいモニターを起動させる。
映っているのは、舞踏会で踊る男女。


あんり「え、これ……」
識「動けないなら、見て覚えろ。…歩幅、移動する距離、タイミング。学べることはいくらでもある」

識「インプットしてアウトプットする。おまえ、こういうの得意だろ?」


どこか煽るような言い方に、あんりはにやりと口角を上げる。


あんり「当たり前でしょ。明日には完璧だから!」
識「そうだな、楽しみにしておく」


くす、と小さく笑った識に、あんりは目を奪われる。
心臓がドキッと高鳴った。






〇黒子の部屋・夜



おそろいのネグリジェ(黒子がプレゼントしたもの)を纏った2人が、衣装部屋で話している。
周りには色とりどりのドレス。


黒子「それで、今日は踊れなかったのね」
あんり「うん。最終日だから練習したかったなぁ」
黒子「今回ばかりは鷹宮くんに賛成だわ。足は平気?」
あんり「もう痛みはだいぶ治まったよ」


テーピングされた足首がネグリジェの間からのぞく。
平気〜とにこにこするあんり。


あんり「ねえ、それより、黒子はどのドレスにするの?」
黒子「これよ」


と黒子が持っているのは、真っ黒のマーメイドドレス。
思わずあんりは「くっろ…」とつぶやく。


あんり「まあわかってたけどさ。明日くらい色物着ようよ」
黒子「じゃああんりが選んで」
あんり「まっかせなさい!」


大きな衣装部屋を楽しそうに見て回るあんり。
黒子はそんなあんりを見て楽しそうな雰囲気。


黒子「その代わり」
あんり「ん?」
黒子「あんりのドレスは私が選ぶわね」


艶のある笑みを浮かべた黒子に、あんりは首を傾げた。


M「舞踏会(ダンスパーティ)が迫る前夜。あんりは王子様とのダンスを成功させることができるのでしょうか」