昼過ぎ。
 私は外出する支度を整えると奥の間を覗きました。
 そこでは紫紺が手習(てなら)いをし、青藍がスヤスヤお昼寝しています。

「青藍は眠ってしまったんですね」
「うん、さっきねた。ははうえ、どっかいくのか?」
「はい、夕餉(ゆうげ)の買い物に行ってきます。あなた達も一緒にと思ったんですが青藍は眠ってしまったんですね」
「それなら、おこす?」
「ふふふ、それは可哀想ですよ。こんなに気持ちよさそうに眠っています」

 青藍はとっても気持ちよさそうに眠っていました。「ぷー、ぷー」とかわいらしい寝言。時々「ちゅちゅちゅっ」と指を吸って、小さな口からはよだれが垂れています。ぐっすりですね。

「紫紺、お留守番をお願いできますか? 青藍を見ててあげてください」
「えー、オレもいきたいのに」
「また連れていってあげます。今夜はあなたの好きなものを作ってあげますから」
「わかった。それならがまんする」
「いい子ですね」

 いい子いい子と紫紺の頭を撫でてあげました。
 私は式神に紫紺と青藍の見守りを命じ、一人で都の(いち)へと行くのでした。



 (いち)で買い物を終えると帰路につきます。
 川辺を歩いていると、心地よい風が吹き抜けて市女笠(いちめがさ)の衣を優しく揺らす。
 私は衣の隙間から外を覗きました。
 川辺には花畑が広がっていて、明るい日差しの下でキラキラと輝いているようでした。

「気持ちいい場所ですね」

 短い期間とはいえ都に滞在していたことがあるので知らない景色ではありません。でも久しぶりに地上へ降りてきたからでしょうか、いつもより美しく見えます。
 今度は紫紺と青藍も連れてきてあげましょう。誘ったら黒緋も一緒に来てくれるでしょうか。
 …………。
 …………ああ、やっぱりいけません。ちょっと調子に乗りました。
 四凶(しきょう)を討伐して想いが通じあってからの黒緋はとても優しくしてくれるので、気を抜くと調子に乗ってしまいそうになるのです。
 今の黒緋は私を愛してくれています。できればずっと私だけを愛してほしいのです。でもそれが我儘だということはよく分かっています。だから少しでも長く今の幸せが続くように願うのです。努めるのです。この怖いくらいの幸せが続きますようにと。
 私は川辺を歩き、広い寺院の外壁にそって歩きます。
 でも寺院の正門に差し掛かった時でした。なにやら騒がしい人だかりができています。
 若い女性や市女笠(いちめがさ)を被った高貴な婦人が人垣をつくっているようでした。
 不思議に思いつつも歩いていくと、すれ違う若い女性たちの会話が聞こえてきます。

「やった~、大吉だって。待ち人来たる、それって今夜夜這(よば)いがあるってことかしら」
「ええ、いいな~。私は小吉。今の人とは駄目なのかな」

 女性たちが大吉だの小吉だの言っています。どうやらおみくじのようですね。
 きっと寺院の前におみくじ屋さんの出店があるのでしょう。
 私はそのまま前を通り過ぎようとしましたが、その時。

「そこの御前(ごぜん)様、ちょっといいかな?」

 ふと男に呼び止められました。
 立ち止まると女性たちの人垣が割れて、そこにはおみくじ屋の若い男。
 目が合うと男はニヤリと笑う。男は整った顔立ちながらも修験者(しゅげんしゃ)の衣装を着崩しています。野性味がありながら研ぎ澄まされた刃のような雰囲気の男でした。