「ちちうえ、みろ。オレのてにまめができたんだ」

 紫紺が誇らしげに黒緋に手のひらを見せました。
 剣術や弓術のお稽古を頑張っていると自慢しているのです。
 黒緋も頼もしそうに目を細めて、「よく見せてみろ」と手招きしました。
 黒緋はあぐらをかいた膝に紫紺を座らせて背後から覗きこみます。

「どこだ?」
「ここ。ちっちゃいまめ。かたくなってる」
「ここか。ああ、よく稽古をしているな」
「うん。オレがんばってる。ちちうえよりつよくなるぞ」
「それは楽しみだ」

 黒緋と紫紺が楽しそうに会話します。
 青藍も気になるようで、ちゅちゅちゅっと指吸いしながら父上と紫紺を見ていました。

「青藍も行きますか?」
「あい」

 青藍がハイハイで黒緋と紫紺のところへ行きます。
 ペタペタと接近する赤ちゃんに黒緋は一瞬たじろぎつつも紫紺と同じように座らせました。
 黒緋は鷹揚(おうよう)な様子で紫紺と青藍を構ってくれますが、小さな青藍には少しだけ困惑することもあるようです。
 紫紺に比べて青藍はまだほんとうに赤ちゃんですからね、どう扱っていいか分からないこともあるのでしょう。しかも泣き虫なのでよく泣かれていましたから。でもこれは仕方ありません。一般的に殿方(とのがた)が子育てに関わることはないのです。
 それはもちろん天帝も例外ではなく、実子だったとしても子どもは母親や世話役の手によって後宮で育てられます。天帝が子どもと接する時は、後宮で暮らす妻や子どものところに渡った時のみでした。
 でも今の後宮には私しかいないので黒緋は足しげく通ってくれるのです。

「失礼します。天帝、士官より報告書をお預かりしました」

 ふと女官が現われました。
 政務でしょうか。その手には士官から言付かっている報告書を持っています。
 後宮に殿方は入れませんので女官が士官から預かったのです。
 それにしても気になりますね。後宮にまで持ってくるということは、よっぽど火急の要件なのでしょう。

「紫紺、青藍、こちらへ。父上は政務のようです」

 そう言って手招きすると紫紺が素直に返事をしてくれます。

「わかった。いくぞ、せいらん」
「あい」

 紫紺が青藍を抱っこして私のところに来てくれます。
 私は青藍を抱っこし、側に紫紺を座らせて黒緋を見ました。
 ……気になります。
 黒緋は報告書を読むにつれて険しい顔になっていくのです。