【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~

「せいらん、おひるね?」

 黒緋と手を繋いでいた紫紺が私を見上げました。
 紫紺は山道でも駆けまわったり肩車してもらったりととても元気なので、途中から黒緋が手を繋いで歩いてくれていたのです。いくら紫紺でもまだ三歳の幼児ですからね、一人でうろうろさせるのは危ないのです。

「そうですよ。紫紺は疲れていませんか? ずっと歩いていたでしょう」
「オレはだいじょうぶ。まだはしれる」
「ふふふ、まだ走れるんですね。それは頼もしい」

 私はクスクス笑いました。
 さすが紫紺です。体力や能力は普通の幼児よりもはるかに高い。次代の天帝は頼もしいですね。

「宿が決まるまで宿場町を少し見て回るか」
「そうですね。楽しみです」
「やったー! オレ、こっちいってみたい!」
「いいですけど、黒緋様か私と手を繋いでください。人が多いので迷子になってしまいます」
「わかった! ははうえがいい!」
「ふふふ、いいですよ」

 私が紫紺と手を繋ぐと、黒緋がおんぶしていた青藍を引き受けてくれます。
 眠ったままの青藍を起こさないように引き渡そうとしましたが。

「……ぷーぷー。……うー、……あう?」

 ぱちり。青藍の大きな瞳が開きました。
 あ、起きてしまったようですね。
 黒緋が渋い顔をします。

「起きたのか……」
「あぅ〜、あいあ~……」

 青藍は心細そうな声をだして周囲を見回します。
 ここが知らない場所だと気づくと「うっ、うっ」と大きな瞳が(うる)みだしました。
 お昼寝から起きたものの知らない場所にいるのでびっくりしたのです。そこで泣くしかないと思うのは泣き虫な青藍らしいですね。

「あうあ〜……。うっ、うえええええん!」

 青藍が黒緋にしがみついて泣きだしました。
 黒緋は呆れた顔で青藍を抱っこします。

「泣くくらいなら眠ってろ」
「うえええんっ! あーあーっ、ばぶぶっ」

 この子、泣きながら文句を言っています。
 でも宿場町を歩きだすと涙が引っ込みだしましたね。
 宿場町には多くの旅人が行き交っています。なかには芸を売りながら旅をする傀儡師(かいらいし)や白拍子などがいて、物珍しさに涙が引っ込んだのです。黒緋の衣装をぎゅっと握りしめてきょろきょろしています。