「……お前、頼むからもう少し自分を大切にしてくれ」
「ええ、なんですかいきなり」
「女が一人で旅をするなんてなにを考えてるんだ。道中でなにかあったらどうする。山賊や盗賊に襲われたらどうする。いや人間だけじゃない、厄介な鬼や妖怪だっているんだぞ」
「その鬼に狙われたから京の都まで逃げたんですが」
「そうだが……っ」

 黒緋は納得しきれないのか渋面です。

「あの時のお前はまだ天妃の力を取り戻してなかっただろ。夜になれば山は闇に覆われ、悪意をもった人間も鬼も妖怪も闊歩(かっぽ)する。あの時のお前ではまだ対処が難しかったはずだ」
「そうかもしれませんが、そもそも逃げるのに必死でしたから」

 私はそう言い訳しながらも笑みを浮かべてしまう。
 心配してくれているのですよね。それがとても嬉しいのです。
 そんな私に黒緋が面白くなさそうに目を細めました。

「なにを笑っている」
「いいえ、そんなつもりは」

 袖で口元を隠します。
 ああダメ、嬉しくて口元が(ゆる)んでしまう。

「ごめんなさい。あなたは心配してくれているのに、嬉しいと思ってしまう私を許してください」
「鶯……」

 黒緋は私の名を呟くと、長いため息をついて苦笑しました。

「……悪い、俺もお前に怒っているわけじゃないんだ。俺はただ自分が腹立たしい。お前をもっと早く見つけてやれなかった自分が許せないだけだ」
「黒緋さま……」

 私は驚きに目を(またた)いて、次にはほろりと口元をほころばせました。
 今のあなた、私が心配なのですね。
 私に心を寄せてくれているのですね。
 今が夢みたいで、私はほろりと笑んでしまう。