「黒緋さま……」
「もっと名を呼んでくれ。お前に呼ばれると、ここが高鳴るんだ」

 手を取られて黒緋の鍛えられた厚い胸板へ。
 そこは心があると信じられている場所でした。手のひらに心臓の鼓動を感じて、私の鼓動も重なっていくようです。

「私も、同じです。……ん」

 唇が深く重なって、私はたまらずに黒緋の背中に両腕を回しました。
 ゆっくりと押し倒されて、黒緋の大きな手が私の体を這うように撫でて夜着を乱していきます。
 夜着の隙間から手が忍んでやわらかな太ももの内側を撫でられました。

「あぅ……」

 背筋に甘い痺れが走りました。
 恥ずかしさに顔を背けると、今度は耳に口付けられます。
 耳たぶを甘く噛まれてたまらずに黒緋を睨みました。

「く、くすぐったいです……っ」
「それだけか?」
「それだけです」

 むきになって言い返したけれど、黒緋はいたずらを楽しむ子どものような笑みを浮かべました。

「そうか、では試してみよう」
「えっ。……んん、あ、ぅっ……」

 黒緋はそう言うと耳への愛撫を深いものにします。
 くすぐったいはずなのに体の奥にじんっと熱が灯るようでした。
 唇を強く引き結んでいなければ恥ずかしい声が漏れてしまいそう。
 たまらずに体を捩らせましたが黒緋の下からは逃れられません。
 黒緋は耳を愛撫しながら私の足の付け根まで手を這わせましたが。

 ガタガタッ……! ガタガタガタッ!

 ふいに蔀戸(しとみど)が強風で揺れました。
 蔀戸(しとみど)は寝殿造りの屋敷を雨風から守る戸です。今夜は夜空に月が見えていたのに……。

「風が出てきましたね」
「ああ、今夜は晴れるかと思っていたが」

 思わぬ強風に黒緋も愛撫の手を止めました。
 しかも間もなくして雨が降ってきたかと思うと、あっという間に豪雨になります。大粒の雨粒が蔀戸(しとみど)に打ち付けられてうるさいくらいに。

「嵐みたいになってきましたね……」

 暴風と豪雨にびっくりしてしまう。
 もはや嵐です。