『俺は好きだよ』

 今しがた夏くんが紡いだひと言が、頭の中で繰り返し響いている。舞い上がりそうになった私は、慌ててトイレへと逃げてきてしまった。

 もちろんわかっている。夏くんが好きなのは私の考え方であって、私自身ではないって。わかってはいるけれど、そんな風に言われて嬉しくならないわけがない。

 花火大会でのキス以来、夏くんがなにを考えているのかがわからなくなって、表面上は普通にしていても内心悶々としていた。けれど、今の言葉は偽物の婚約者としてではなく、たぶん本心でくれたものだと思う。

 愛の告白ではなくても、彼の心からの声が聞けてよかった。

 誰もいないトイレの中、用を足して手を洗い、薬指につけた宝物をじっくりと見つめる。

 ちょっと緩くて、気がつくと綺麗な宝石が横を向いている指輪。こういうものには絶対無頓着な夏くんが私のために選んだのだと思うと、完璧じゃないところが逆にとても愛おしく感じる。

 婚約者を演じるために必要な、ただの小道具として用意したのかもしれない。だとしても、私にとっては彼からのプレゼントに違いないから、ずっと肌身離さず持っていよう。