「芹澤先生、お疲れ様でした。先生はオペをしながらでも丁寧に教えてくれるので、すごくわかりやすくて勉強になります」
「それはよかった。今日は比較的取りやすかったね」
「あれでですか……?」

 手術中とは違って口調を和らげて微笑んだものの、彼はやや口の端を引きつらせていた。

 顕微鏡を使った手術はまだまだ先の彼からしたら、きっと神業のように見えていたのだろう。俺自身、最初は先輩医師が執刀しているのを見て同じように思ったから。

 研修医の中でも素直で明るい性格の彼は、俺にも臆することなくフレンドリーに話してくる。

「今日の患者さん、この間の花火を病室から眺めて『妻と見たかったなぁ』って言ってましたよ。結婚二十年目らしいですけど、ラブラブでいいですね〜」
「花火……」

 彼の話を聞いていて、ふと一昨日の出来事を思い出して足を止めた。花火より、あの子に見惚れてしまっていたあの夜のことを。

 きらめく灯りを大きな瞳に映し、桜色の唇の端をゆるりと持ち上げ、『今こうしてるだけで幸せ』と紡ぐ。その姿がなぜだか儚く、とても美しくて、無性に触れたくなる衝動を抑えることができなかった。