「……ダメだね。自分に余裕がないと、簡単なこともわからなくなっちゃって」
「なんの話ですか?」

 私が急に脈絡のないひとり言を言うので、りほさんはまぬけな顔になった。私はふふっと笑い、大事なことを思い出させてくれた彼女にお礼を言う。

「ありがとう、りほさん。遅いかもしれないけど、夏くんとちゃんと話し合おうと思う。だから、彼のとこ、ろに……っ」

 ところが、話している最中に突然吐き気が込み上げてきて、口元に手を当てた。

 ちょっと待って、これも脳腫瘍のせい? 朝、ちゃんと薬飲んだよね?

 ……いや、飲んだ記憶がない。そういえば今朝も、数十秒意識がなかったと母が言っていた。ちょうど薬を飲もうとしていた時だったから、そのまま忘れてしまったんだ。

 忘れた時はすぐ飲みなさいと言われている。とにかく、気持ち悪いしお手洗いに行かなきゃ。

 そう思い、立ち上がった瞬間だった。「清華さん?」という声を最後に、スイッチが切れたかのごとくぷつりと意識が途切れた。

 その直前、愛しい彼の姿がよぎった気がする。一気に暗闇に飲み込まれていく中、私を呼ぶ声だけがかすかに響いていた。