「今日は、ありがとうね。楽しかったよ」
「いや、俺も」

 翔太は、そこまで言って言葉に詰まった。華は伏せ目がちに言葉を続けた。

「……小学生の頃の事、ごめんね。意地張ってないでちゃんと、すぐに謝れば良かった」

 翔太は喧嘩別れした時の事が、鮮明に思い出されて、積を切った様に言葉が溢した。

「違う、違うよ。華は何にも悪くない。俺のせいだ。ごめん華」

(俺の方こそ、ずっと謝らなければと思ってた)

「今、華って」

 翔太は慌てて口を手を抑えたが、もう遅かった。そう呼んでくれた方が嬉しいよと、まさに花が咲いた様に華は微笑んだ。

「明日業者さん来るから、wifi直ると思う」
「そっか。良かったな」
「それじゃあね」

 お邪魔しましたと出て行こうとする華を、待ってと翔太は呼び止めた。どうしても翔太には聞きたいことがあった。何でどうしても聞きたかったのか、自分でも分からない。
 
 先程のメッセージの事だ。

「何で、あんな事、聞いてきたの」
「あんな事って?」
「……彼女いるのかって」

 あーっと、華はバツが悪そうに視線を逸らした。

「いや、だって、彼女いたら、部屋遊びに行くの悪いかなって」

 えっ、お前そんな気遣い出来たのかと、華の意外な答えに、翔太は正直驚いた。

「昨日夜中に押しかけといて、今更かよ」
「だから、それは謝ったじゃんっ」

 頬を膨らませてムキになる華が可笑しくて、ハハハと翔太は自然と笑いが溢れた。釣られて華も笑う。気が付けば、お互い笑い合っていた。

 それじゃまた学校でと、玄関を出て行く華を見送りながら、翔太は自分の心に、僅かだが、冷たい隙間風が吹いている事に気が付いた。

「彼女いるの?」と聞かれた時、自分は心のどこかでもっと別の何か期待をしていた。

 それに気が付いて、翔太は自分が嫌になった。ずっと離れていて、自分の中にあった醜くて汚いものが浄化された気でいたが、全然変わってない。

 むしろ――

 昨日の夜、ベッドに寝転んで眠っている華に、キスしようとした事が思い出されて、そんな自分が翔太は心底嫌になった。何も知らなかった、純粋だったあの頃に戻りたい。でも、もうそれは無理な事は分かっていた。

 翔太は、二度と華にこの扉を開けない様にしようと、自宅の玄関の鍵をガチャリと閉めた。

つづく