『今から行く』のパワーワードが衝撃すぎて、翔太は混乱していた。

 まさかそんな事と思いつつ、自分のよく知る昔の華なら、やりかねないと思った。翔太は慌てて自室から飛び出して、一階の玄関に向かって階段を駆け降りた。

 玄関のドアを開けた瞬間、もの凄い風と雨が吹き込んで来た。空に稲光が走っている。翔太は慌てて、着けていたへッドホンを外した。外がこんなになってるなんて、気が付かなかった。

(ちょっと、待て。あいつ、この雨の中、来る気なのっ?)

 そうだと、翔太はハッと気が付いた。華に『今外に出るな』とメッセージを打とうと思った時――

 目の前の道から人影が、傘もささずにもの凄い勢いで走って来た。普段学校で見かける制服姿とは、かけ離れているが、間違いなく仁科華だった。

 華は浅川家の軒先に飛び込むと、息を切らせながら眼鏡を外し、着ていたパーカーの裾で、レンズの雨粒を拭きだした。

(あ、眼鏡)

 華は学校では、眼鏡なんて掛けていなかった。小さな頃も掛けていた記憶がない。こいつ目が悪くなったんだなーと、ぼんやり思っていた翔太に、華は眼鏡を掛け直すと、冷静だが早めの口調で切り出した。

「ここでいいから、翔……浅川君の家のwifiのIDとパス教えて」

 華は軒先の下でしゃがみ込みながら、懐から出した携帯ゲーム機の、ネット設定をしようとしていた。

(こいつ、何やってんだ?)

 翔太はわけが分からなすぎて、暫くボーと華を眺めていたが、もの凄い雷の轟音が辺りに響くと、突風と雨が二人に吹き付けてきた。

「ちょっ、とにかく家入れっ」

 翔太は華の腕を掴むと、急いで家の中に駆け込んだ。

***

 ゲームのダウンロードを、祈りながら見守っているずぶ濡れの華の頭に、バスタオルを掛けて、翔太は呆れた様に華を嗜めた。

「ゲームのダウンロードって、お前、馬鹿じゃないのっ?」
「だって、家のwifi壊れちゃったんだもん」
「だって、じゃねえよっ」
「でも、翔……浅川君の家のネット回線、借りられて助かったよ。ダメだったら、二駅先のファミレス行こうと思ってたし」

 そこまで聞いて、翔太に更なる呆れと怒りが湧き上がってきた。

「この雷と雨の中? どうかしてるだろっ、てか、あのファミレス二時で閉まるだろ。ダウンロード終わんないよ」
「えっ」
「これ、レジハンのデータだろ。俺、落とすのに、一時間くらい掛かったし」

 それを聞いた華が、ダウンロード画面から目を離し、食い気味に翔太に迫った。翔太は、あまりの華の勢いに後ずさった。

「浅川君もレジハンやるのっ?」
「やるけど。今日は落としただけ」
「一緒にやろうよっ」

 キラキラと顔を寄せて迫ってくる華は、翔太に拒否権を与えなかった。

つづく