翔太は、今日の夕食を見て唖然とした。

「なんで、この季節に鍋? てか、何これ。ズッキーニ入ってるんだけど」

「大学の農耕菜園サークルから、ズッキーニ大量にもらったんだけど、何にしていいかパッと思い浮かばなくて、そーゆー時は鍋にしとけば間違いないからっ。ほら、座れ!」

 翔太は呆れて返事が出来なかった。もうなんでもいい。そう思いながら食卓についた。

 翔太は恐る恐るズッキーニ鍋を口に運んだが、普通に美味かった。もう少し暑くなったら、鍋自体しんどいが、これはこれで全然アリだと鍋を頬張った。兄はよく破天荒な料理を作るが、その型にハマらない料理が割と美味くて、何だか悔しい。自分にはない特技だ。

「落ち込んでる時とか、頭にきてる時とか精神的に不安的な時、他の欲求を満たしてやると、案外落ち着いて来るもんなのよ」

「え?」

「腹立った時とか、やけ食いしたりすんじゃん。泣くほど悲しくても、眠って目が覚めたら、少し落ち着いてたりとか。人の体って上手く出来てるの」

(確かに、そうなのかもしれない)

 兄なりに気遣っての事だったのだ。

 そう思うと、本当に自分が子供の様に思えて、翔太は情けなくなり肩を落とした。

「で、何があったわけ? もしかして、華ちゃん絡み?」

 翔太は一瞬、兄の鋭さに「うっ」となったが、ムキにもなれなかった。

「……うん」

「やっぱそうか。お前が、そんな感情剥き出しになるのって、昔から華ちゃんの事ぐらいだもんな。それで何、やっぱ、フラれたの?」

 ケタケタと可笑そうに、陽太は鍋の具を小鉢に注いだ。

「……多分、そう」
「えっ、マジで? てーか、お前に告る甲斐性があった事にちょっと驚いたわ」
「どーゆー、意味だよ?」
「言葉通りの意味だけど。お前、フラれるの怖くて自分の気持ち、絶対言わないだろうなと思ったから」

 兄に完全に見透かされていて、翔太はぐうの音も出なかった。

「てか、多分ってなんだよ」
「伝えるも何も、友達以外に思えないって言われたから」
「なんも言ってないのかのよ? やっぱ、ヘタレじゃんっ」

 ははんと目を細め陽太は翔太を見つめた。翔太はううっと言葉を絞り出した。
 
「今まで自分自身、華に対してそう言う気持ちだって、思ってなかったし。なんて言うか、その……」
「ただの性欲だと思ってたとか」

 翔太は図星を突かれて押し黙った。
 
「性欲の延長線上に恋愛感情があるから、まあ切っても切り離せないし、概ね同じ様なもんだろうけど」

 陽太は、鍋用の小鉢をテーブル置いた。

「その人じゃないと嫌だって思うか、思わないかかな? 翔太はどうなの?」

 翔太はそう聞かれて、言葉に詰まった。

「特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置く事……が、恋らしいよ」

「何それ」

「なんかに、そう書いてあった。」

 確かに、一緒いると楽しいし、二人きりでいるとドキドキするのに嬉しくて、一緒の気持ちならいいのにと思いつつも、そうでないと分かっているから、やるせなくなる。

「ハァ」と翔太は大きくため息をついた。

(もう、分かった、分かってる、自分が華を『好き』な事は)

「お前、そんな中途半端なままでいいの? 腹括ったら。ちゃんと気持ち伝えて、それでダメなら……」

 陽太は具の少なくなった鍋に、ご飯を入れて、溶いた卵を割り入れる。

「更に、押せっ」
「引くんじゃないのかよ」
「引いて何とかなる子じゃないでしょ。分からせろ、お前がいかに好きかって事。てーか、押し倒す勢いで行け」
「……」
「そこで引いてるから、お前はダメなんだよっ。お前のその、物分かりが良すぎるところ、長所かもしれないけど、裏を返せば短所だからっ」

 押し倒すのはやり過ぎだが、自分に意気地がないのは本当だと、翔太は力なく俯いた。

 ずっと大切だったから、思い出だけでもいいと心のどこかで思っていた。あの嵐の夜、華からメッセージが来なければ、今でもその思い出だけ抱いて生きてただろう。

(でも、やっぱり)

 あの日メッセージに返信した自分は、本当はもう一度華と繋がりたいと、思っていたのだろう。

 そして今は、この先も華と繋がっていたい。 昔の様なただの幼馴染としてじゃなく――

 たとえ、そうなれない結末だったとしても、翔太は華に、自分の気持ちをちゃんと伝えようと、顔を上げ、前を見据えた。
 

つづく