華はスマホを握りしめて、暫く考えていた。

 小さな頃、仲が良かったと言っても、今はほぼ、交流のなくなってしまった幼馴染――浅川翔太(あさかわしょうた)

 以前学校行事の為に、たまたま流れで連絡先を交換した事があったが、一度も連絡した事はなかったし、連絡が来る事もなかった。

 ほぼ喧嘩別れの様になってしまった、小学生時代を華は思い出した。

 華はあの頃の事を思い出すと、悔しい様な悲しい様な気持ちになるので、なるべく浅川翔太の事は、考えない様に生きて来た。

 普段のまともな状態なら、華は浅川翔太に連絡しようなどと思わなかっただろう。別の誰かに連絡するか、そもそも連絡などしないで、ゲームのパッケージ版が届くまで待てたはずだ。

 ただ華は、この時まともではなかった。「魔が差した」というやつである。華の奥底に眠っていた、過去の沸々とした痛みが、無意識に後押ししたのだ。

(もう、寝てるかもしれないし、気が付かないかもしれない。そもそも私からの着信には、出ないかもしれない)

(一度だけ、一度だけかけてみよう)

 華は、一大決心でメッセージアプリのボタンを押して、祈りながらスマホの前に正座した。

***

(あーっ、終わった〜!)

 浅川翔太は課題を終わらせて、椅子に座りながら背中を伸ばした。その時、充電中だったスマホの画面が光った。こんな時間に誰だよと、翔太は面倒くさそうに画面を覗き込んだ。

 ロック画面に『仁科華』の名前――
 意外すぎて、翔太は呼吸が止まりそうになった。



(仁科華? なんで?)

 小さな頃は仲が良かったが、最近はほぼ交流なんてなかった。それに、彼女の事を思い出すと胃の辺りがキリキリしてくるのだ。翔太は正直もう、仁科華には関わりたくないと思っていた。

 翔太は暫くロック画面を見つめていたが、フッと画面が暗くなった。画面をタッチして、省エネモードを解除する。ロック画面の華のメッセージは「まだ起きてる?」という短いものだった。

(何で、今頃? どういうつもりだ、これ)

 この文章だけでは、翔太の疑問は解けなかった。翔太は暫く思案していたが、嫌な考えが頭にフッと浮かんだ。

(短い文章……なんか、折半詰まった感じがする。もしかして、家で何かあったのか)

 翔太の血の気が、スーと引いた。さっき、地響きの様な振動があった。もしかしたら、華やその家族に何かあったのかもしれない。いくら関わりたくないと言っても、知り合いやその家族に、何かあったのかもしれないのに、無視するほど鬼じゃない。

 翔太は急いでロック画面を解除した。

***

 華は十分経っても返信がなかったら、ファミレスに向かおうと、上着を着かけた――

 スマホの画面にメッセージの着信があった。
 差出人は『浅川翔太』

(うっそっ!)

 華は慌てて、ロック画面を解除した。

 メッセージは短く「起きてるけど、何?」と言うものだった。それで充分だった。

***

 メッセージを送った直後、すぐ華から返信が来たので、翔太は驚いた。

(早すぎない? これ、本当に何かあったのかも)

 心配になって、翔太はすぐにメッセージを確認した。

『浅川君の家のネット回線って生きてる?』

(え、どういう事?)

 翔太は意味が分からず混乱した。仁科家で今、何が起こっているんだろう。正直何が何だか分からなかったが、翔太は一拍思考を巡らせると、

『生きてるけど』

 と短く返信した。スマホ画面に注目していると、秒で華から返信が来る。

『ネット回線、貸して欲しいんだけど』

(はっ?)

 どういう事だ。と考えている間に、次のメッセージが来た。

『一生のお願い!』

 その切迫詰まった勢いに負けて、翔太は華に返信した。

『いいけど』

 何なんだよ、一体……と翔太はスマホの画面を閉じようとしたが、更に華から返信があった。

『今から行く』

 翔太は一瞬意味が分からず、その場で固まった。

(えっ、……今から行くって、どういう事、今から?)

 翔太はスマホの時計を確認した。もう深夜一時近かった。

(ちょっと待って、あいつ今から、うちに来るって事?)

つづく