委員会の集まりが終わった頃、いつもならまだ明るい時間なのに、雨のせいで外は薄暗かった。華は、急いで教室に鞄を取りに行った。

 教室にはもう誰もおらず、電気も消えていて薄暗かった。教卓の上に日誌が置いてあり、華は中を確認した。翔太の几帳面な字で、もう日誌は書き終わっていた。翔太の机を確認すると、まだ鞄が掛けてあった。きっとゴミ捨てに行ってくれたのだ。

 華はフッと、こんな風に翔太を避けている自分が、改めて情けなくなった。

(何してるんだろう、私)


***

 翔太は空のゴミ箱を持って、教室にて戻ってきた。下駄箱へ向かうついでに日誌を職員室に置いてこようと、自分の机に掛けてある鞄を取ろうとして、ギョッとした。

(誰かいる?)

 教室はもう薄暗くて、誰がいるのか分からなかった。翔太がその影に恐る恐る近づいてみると――

 そこには華が、机に突っ伏して眠っていた。翔太は一瞬声を掛けるか迷ったが、流石にこのままにしておかないと声を掛けた。

「華?」

 全く起きる気配がない。翔太は、どうしたもんかと首ををかいた。

***

 華が目を覚ますと、周りは大分暗くなっており、華は慌てて飛び起きた。頬が痛い。机に突っ伏して寝ていたせいで、触ると痕が付いていた。

 目の前に気配があり、華は心臓が止まりそうになった。そこにはよく見知った、幼馴染の寝顔があった。華は何故だか、その寝顔に心が締め付けられた。自然と手が吸い寄せられる様に、彼の頬を撫でようとした。

 ――その時、うっと翔太が目を開けた。
 華は慌てて、手を引っ込めた。

(何、今の?)

 華は自分の行動に困惑した。

(違う、そんなんじゃない)

 華は誰かに言い訳した。

「やっべ、俺、寝ちゃってた?」
「そう、みたい」

 二人の間に梅雨独特のじめっとした空気が漂った。
 
「もう、帰ろうぜ。送っていくよ」

 華はその一言に何故だか心が騒ついた。

(何なの、さっきから私。どうしてこんな気持ちになるんだろう)

 翔太の言動に一喜一憂している様で、華はそれが、もの凄く居心地の悪いものに感じた。

「……いい」
「いいって、お前。危ないだろ?」
「大丈夫、危なくない」

 華はそう言い捨てて、鞄を掴んで教室を立ち去ろうとしたが、翔太に腕を掴まれた。

「何、怒ってるんだよ」
「怒ってないっ」

 翔太は、はあっと深くため息を吐くと呆れた様に、とにかく送っていくからと、華の手を離さなかった。

 それが華の心を更に逆撫でた。

「何? 私が女だから、危ないって言ってるの?」

 翔太はその一言に目を丸くした。だが間髪入れずに、だってそうだろと言い放った。

 華は翔太との成長の差を感じて、居たたまれなくなった。子供のままの気持ちを持ち続ける事は、そんなにいけない事なのか。一般的に考えて、翔太が正しいのだろう。素直に送ってもらえばいい。

 でも、今の華にはそれをどうしても、素直に承諾出来なかった。

 もし、翔太のこの優しさが純粋なものではなくて、僅かでも下心から来るものだったら、どうしよう。

 何も信じられなくなる――
 華に、光から言われた、あの悪魔の囁きが蘇った。

(絶対に違う)

「翔ちゃんって、私の事どう思ってるの?」

 突然の問いかけに、翔太はビックリして掴んでいた華の手を離した。

「ど、どうって……」

 翔太はその問いかけに、答えられなかった。よく分からないというか、なるべく考えない様にしてたからだ。その曖昧さを翔太は華に見透かされた様な気がした。

「私は、友達以外に感じてない……と思う」

 華のその告白に、翔太は頭が真っ白になった。そんな事は昔から、分かっていたのに、ハッキリと華の言葉で告げられると――翔太は、心が握りつぶされる様な感覚に陥った。

「翔ちゃんも『好き』とかじゃ、ないんじゃない?」

 その華の問いかけに、翔太は新たな衝撃を受けた。

(そうだよ、そんなんじゃないといいと、心のどこかで思ってた。思ってたはずだ)

「だから、試してみようよ」
「え?」
「キス……してみない?」

 そう提案する華の顔は、怖いほど真剣だった。


つづく