「すみません、失礼しましたっ」

 華はバイト先の喫茶店で、カトラリーセットをうっかりトレイから落としてしまい、大きな音を立ててしまった。幸い店は、閉店前でお客さんは殆ど残っておらず、ちょっと注目を集める程度で済んだ。

 ゲーマーは金が掛かるのだ。ゲームの為に始めたバイトだったが、バイト先の喫茶店は、知る人ぞ知る感じのレトロな古民家カフェで、落ち着いた空間が華は気に入っていた。

 マスターが、たまたまオンラインゲームのフレンドで、その縁でバイトをするに至る。

 マスターは、お孫さんと一緒に遊びたくて始めた事がきっかけで、ゲームにハマったらしい。華はゲームの世界に、リアルの年齢や性別は関係ないなと改めて思い、頬を綻ばせた。

 自分がゲームの世界にのめり込むのは、そう言った、しがらみのない世界だからかもしれないと華は感じていた。

「華ちゃん、今日ずーとボーとしてるわね。体調崩してたんでしょ。大丈夫? 今日、休んでも良かったのよ」

「あ、はい。大丈夫です。すみません。でも、体動かしてた方が、余計な事考えないで済むんで」

 それを聞いて、カウンター席に座っていた、常連の(ひかる)さんがニヤリと呟いた。

「これは、男絡みだね」

 華はギョッとした。その反応を見て、光は益々楽しそうに華に詰め寄ってきた。華は面倒な事になりそうだと、奥に逃げようと思ったが、光が圧倒的圧力で詰め寄ってくる。光は、人の不幸と噂話が大好物な人間だった。

 マスターが、サイフォンのロート内のコーヒーを、竹ベラで軽く攪拌しながら呟いた。

「人に話すだけで、案外心が軽くなるものよ」

 コーヒーのいい香りとマスターの落ち着いた貫禄だけで、華は不思議と心が緩んでいくのを感じた。


つづく