翔太は華と別れ、自宅に帰宅するなり、そのまま居間のソファーに突っ伏していた。

「うわっ。いたのか? 翔太、お前電気も点けないで、何やってるんだよ」
「あ、兄貴」

 翔太は、ソファーから気怠そうに、むくっと体を起こした。

「なんだ、具合悪いのか」
「違う、大丈夫……。あ、ごめん、飯の支度してない。今からやるよ」

 翔太は視点の定まらない眼差しで、台所を見やった。

「いや、いいって。腹減ったしさ、もう、ピザでも取ろうぜ」

 そう言うと、兄の陽太(ようた)はスマホのピザ屋のアプリを立ち上げた。


***

「マジ、美味そうっ。ピザ屋のピザはやっぱ至高だよな!」

 そう言いながらピザを切り分けると、陽太はピザを口に、めいいっぱい頰ばった。

「……」

 陽太は、翔太が先程から一口もピザに手を付けないどころか、一言も口を開かない事が、流石に気になった。

「なんか、あった?」

 翔太はその質問がまるで聞こえてないように沈黙していた。陽太は翔太の顔をゆっくり覗き込む。
 
「俺、腹減ってないから、もう部屋行くわ」

 そうこの場を逃げようとする翔太に、陽太は更にピザに手を伸ばしながら、質問を投げた。

「お前さ、華ちゃんと付き合ってるの?」

 翔太は、その質問にギョッと振り向いた。

「……な、なんで」
「金曜の朝方、華ちゃんがウチから飛び出して来るの見たんだよね」

(見られてたっ?)



 翔太は、心臓が凍りつきそうになった。陽太は、なんでもないことのように軽いトーンだ。

「オレあの日、始発で朝方帰って来たの。で、もうすぐ家着くわーと思ったら、家から女の子、飛び出して来るじゃん。マジびびったわ。よく見たら華ちゃんじゃん、あれ? と思ってさ」

 その頃自分は眠っていて、兄の帰宅に全く気が付かなかった。翔太はゾッとしたが、陽太はピザを食べながらニヤニヤと続けた。

「お前の今日のその感じ、何? フラれたの?」
「そんなんじゃないってっ」

 翔太が珍しく声を荒らげたので、陽太はピザを食べるのをやめて、冷ややかに目を細めた。

「付き合ってるにしても、してないにしても、いい加減な事してんなよ。あの時、近所の他の誰かに見られてたら、噂になんぞ」

 先程までの、陽気で穏やかな風態の陽太はもういなかった。冷厳な顔をした兄がいた。

「ご近所で噂になってさ、傷が付くの女の子の華ちゃんだろ。そんな事も、分からないわけじゃないじゃないだろ」

 その厳しい眼差しの兄の前で、翔太は何も言えなくなった。

 あの日――なんで、華のメッセージに返信してしまったんだろう。

 なんで、家に上げてしまったんだろう。
それに加えて、さっきまた別れ際傷つけて、もしあの日、ウチから出て行く華が、兄以外の誰かに見られてたらと思うと、翔太はゾッとした。どこまでも、華を傷つけてしまう自分が本当に嫌だと、翔太は口元を歪めた。

「って、まあオレが偉そうに、言えた事じゃないけど。父さんには黙っててやるから、来週の家事当番替わってよ」

 弟にそう強請る陽太は、もういつものおちゃらけた兄だった。

「まあ、とにかくちゃんと避妊しろよ」
「……はっ? だから、そんなんじゃないってっ」
「でも、お前、華ちゃんの事好きなんじゃないの」

 翔太はその言葉を聞いて、うっとなった。

(違う――)

「そんな、綺麗な感情じゃない」

 項垂れる翔太を見やって、陽太はウーロン茶のペットボトルを手に取った。

「恋愛感情が綺麗だと思ってるなんて、まだまだガキだな」

 そう告げると、陽太は呆れながらハハッと笑った。


つづく