エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~

「ああ、本当に生意気だな。ボクに蹂躙されるだけの愚かな種族が」

 けれど私の手は桜花先輩の手に阻まれて、届いていなかった。
 右手を強くつかまれて、痛みが走る。

 さっき一瞬出たはずの声も動いたはずの体も、また元通りになってしまっていた。
 今出た声も、手の動きも、自分の物じゃないみたいだった。

 自分の物に戻った体は、こんなにも重くて気だるい。
 さっきよりも強く体が痺れる。痛いぐらいの冷たさが全身に広がって、血管の中をガラスの破片が流れて行っているようだった。

「調子に乗るな。今度こそ本当に滅ぼしてあげるから」

 桜花先輩が私の手首を机に押さえつけ、膝を割って体を滑り込ませる。

「自分たちがこの世界にとって害悪でしかないとわかっているだろう?」

 優しく、優しく、頬を撫でられる。
 まるで猫か犬を可愛がるように、何度も。
 同じ冷たい手なのに、雨の日の幸夜くんとはまったく違う。

「自分たちでもよく例えているじゃないか。まるで、がん細胞。無尽蔵に増殖して、世界を痛めつければ痛めつけるほど自分たちの首を絞めているとわかっているのに、止められない」

 自分のしっぽを追う姿を見守るように、愚かさを微笑ましそうに見つめるような目。

「今度こそボクが終わらせてあげる」

 埋めても埋めても掘り返されるアリの巣に、じょうろで水を注ぐような残酷な眼差し。

「手始めに、パンドラの魂を持つキミからだ」

 頬をなでていた手が下がって、喉を押す。
 喉が鳴って、呼吸が苦しくなる。
 それでも、私の体は動かない。痛みに苦しさが加わって、全身の血の気が引いていく。
 なのに頭には血が上るようで、頭が膨張して破裂するような心地がした。
 暗くなり遠のきそうになる意識の向こうで、桜花先輩の声だけが響く。

「死ぬのは怖いだろう? じゃあ、助けてあげる」

 声色が一転。

 不意に手が離されて、呼吸が回復する。
 私の手を押さえ付け、私の首を絞めていた桜花先輩の手が、今度は優しく横たわる私の手を取った。

「過ちを正そうじゃないか、パンドラ――いや、高良珠子。ボクの子どもを産んでくれたまえ」

 私の手のひらが、さっき打とうとした桜花先輩の頬に導かれる。
 私の手のひらが感じた桜花先輩の頬は、温かかった。

「人類を終焉させ世界を救う、最高神(ボク)の子どもを産むんだ」

 手のひらにキスをされ、優しく微笑まれる。

「そしたら、最高神の花嫁として……命の保証をしてあげる」

 神様なんかじゃない。悪魔の取り引きだった。