冷たい手から、体温が伝わる。
重なった場所から、砕いた氷が体内に注がれていくみたい。
桜花先輩の冷たい体温が伝わる。私の体温が奪われていく。
氷に触れて皮膚が張り付くような痛みが、全身に広がっていく。
本が手から落ちたけど、私はそれを拾えなかった。
「日本じゃパンドラの箱って呼び方が一般的らしいけど、実際のあれは箱じゃない。壺だ」
耳元で桜花先輩の優しい声色が響く。唇がわずかに耳たぶをかすめて、鼓膜を揺らす。
桜花先輩の目が細められる。
笑っているみたいなのにその眼差しは震えそうなほど冷たくて、なのに私の体は震えることも出来ていなかった。
決して華奢なわけじゃない私の体が羽根みたいにふわりと抱き上げられて、長机の上に横たえられる。
桜花先輩も長机の上に膝を掛けて、私の上に覆い被さる。
桜花先輩の長い髪がほどけて、カーテンみたいに私の周りに広がる。カーテンの中には私と桜花先輩だけ。
私は私を見下ろす桜花先輩の目を、瞬きも出来ずに見つめるだけだった。
――体が、痺れたように動かない。
「女性は胎内に丸い壺を抱えている。赤子を育てる大切な壺」
桜花先輩の手のひらが私の腹を撫でる。
長くしなやかな指が、私の下腹部を――私の腹の中にある壺を――子どもを育てる宮に――爪を立てる。
「そこへ繋がる道に、ボクは術をかけたんだよ。……覚えている?」
堪え切れないというように、桜花先輩が嗤う。
体を触られたことへの嫌悪感が走っても、体が言うことを聞かない。
拒絶の言葉を紡ごうとしても喘ぐばかりで、声にならない。
「死、疫病、老化、飢餓、争い、悲嘆――ボクは虚の中に追い込んだ災厄を、パンドラの処女性を鍵に封じたんだ」
スカートの上から足の付け根をなでられて必死に体を動かそうとするのに、夢の中にいるみたいに体がいうことをきかない。
「そして、キミを幸夜の花嫁として贈った……もちろん、キミも誰もそんな封印が施されているなんて知らない。あとはどうなるか、わかるだろう?」
紫のウエディングドレスに黄色のヴェール。双子と出会ったあの夜に見た夢。どこか幸福感のあるあの夢は、私の前世の記憶?
「男と女が出会い、惹かれ合い、婚姻を結び、初夜を迎える。幸福の絶頂から一転――災厄の奈落の底に――なかなか、いい趣向だったろう」
ヴェールが払いのけられ、私が見た花婿は――はにかみ、今を噛みしめているようだった。
幸せだったのは、私だけじゃない。
「あの愚かな弟、先見の兄の警告も聞かずにまんまと策に嵌って傑作だったよ」
明るく笑いながら自分を卑下する幸夜くんの姿が過る。
あんな顔、彼にはして欲しくなかった。
はにかむ表情が愛おしくて、自分の存在が彼に幸福をもたらしているのが誇らしくて、生まれてきたことを神に感謝していた。なのに……
「エピメテウスのことを悪く言うのはやめて!」
出なかったはずの声が金切声となって飛び出し、枷が外れたように右手が跳ねて桜花先輩の頬を打つ。
重なった場所から、砕いた氷が体内に注がれていくみたい。
桜花先輩の冷たい体温が伝わる。私の体温が奪われていく。
氷に触れて皮膚が張り付くような痛みが、全身に広がっていく。
本が手から落ちたけど、私はそれを拾えなかった。
「日本じゃパンドラの箱って呼び方が一般的らしいけど、実際のあれは箱じゃない。壺だ」
耳元で桜花先輩の優しい声色が響く。唇がわずかに耳たぶをかすめて、鼓膜を揺らす。
桜花先輩の目が細められる。
笑っているみたいなのにその眼差しは震えそうなほど冷たくて、なのに私の体は震えることも出来ていなかった。
決して華奢なわけじゃない私の体が羽根みたいにふわりと抱き上げられて、長机の上に横たえられる。
桜花先輩も長机の上に膝を掛けて、私の上に覆い被さる。
桜花先輩の長い髪がほどけて、カーテンみたいに私の周りに広がる。カーテンの中には私と桜花先輩だけ。
私は私を見下ろす桜花先輩の目を、瞬きも出来ずに見つめるだけだった。
――体が、痺れたように動かない。
「女性は胎内に丸い壺を抱えている。赤子を育てる大切な壺」
桜花先輩の手のひらが私の腹を撫でる。
長くしなやかな指が、私の下腹部を――私の腹の中にある壺を――子どもを育てる宮に――爪を立てる。
「そこへ繋がる道に、ボクは術をかけたんだよ。……覚えている?」
堪え切れないというように、桜花先輩が嗤う。
体を触られたことへの嫌悪感が走っても、体が言うことを聞かない。
拒絶の言葉を紡ごうとしても喘ぐばかりで、声にならない。
「死、疫病、老化、飢餓、争い、悲嘆――ボクは虚の中に追い込んだ災厄を、パンドラの処女性を鍵に封じたんだ」
スカートの上から足の付け根をなでられて必死に体を動かそうとするのに、夢の中にいるみたいに体がいうことをきかない。
「そして、キミを幸夜の花嫁として贈った……もちろん、キミも誰もそんな封印が施されているなんて知らない。あとはどうなるか、わかるだろう?」
紫のウエディングドレスに黄色のヴェール。双子と出会ったあの夜に見た夢。どこか幸福感のあるあの夢は、私の前世の記憶?
「男と女が出会い、惹かれ合い、婚姻を結び、初夜を迎える。幸福の絶頂から一転――災厄の奈落の底に――なかなか、いい趣向だったろう」
ヴェールが払いのけられ、私が見た花婿は――はにかみ、今を噛みしめているようだった。
幸せだったのは、私だけじゃない。
「あの愚かな弟、先見の兄の警告も聞かずにまんまと策に嵌って傑作だったよ」
明るく笑いながら自分を卑下する幸夜くんの姿が過る。
あんな顔、彼にはして欲しくなかった。
はにかむ表情が愛おしくて、自分の存在が彼に幸福をもたらしているのが誇らしくて、生まれてきたことを神に感謝していた。なのに……
「エピメテウスのことを悪く言うのはやめて!」
出なかったはずの声が金切声となって飛び出し、枷が外れたように右手が跳ねて桜花先輩の頬を打つ。



