お風呂から上がると、すぐに自室へ戻った。

 自分を抱き締めるみたいにして両腕を掴み、力なくベッドに腰を下ろす。

 身体に残っていた痣は徐々に薄くなって、擦り傷なんかは既にほとんど()えていた。

 でも、わたしの心に残る(うれ)いは少しも消えない。

『……やっぱりやめておけばよかった。あんなこと』

『1回だけあんなことあったけどね』

 彼らの言葉を反芻(はんすう)し、眉を寄せる。

 “あんなこと”────ふたりともそう口にした。
 同じことを指しているのだろうか。それとも別のこと?

 聞きたいことだらけなのに、どちらも核心的なことは教えてくれない。
 踏み込むことを許さない、確かな拒絶を受けた。

「……どうして?」

 わたしの記憶が戻ると不都合なことがあるとでも言うのだろうか。

 しかし、それはおかしい。

 都合が悪くなるのは“元彼”だけであるはず。
 本物の恋人は味方のはずだ。

 なのに、なぜふたりともが隠しごとをしているのだろう?



     ◇



 普段通りの生活を続けているお陰か、日常的な記憶はだんだんと回復しつつあった。
 それから、幼少期の頃の思い出、家族や家のことも。

 もともとは両親と3人暮らしだった。
 けれど2年前に事故で亡くなり、わたしはひとりぼっちになったのだ。

 一方、肝心なことはまだ思い出せない。
 星野くんや愛沢くんのこと、そして最近のこともまったくもって蘇る気配がなかった。

 記憶は一気にすべて戻るのではなく、こうやって徐々に、段階的に戻るものなんだ。

 わたしだけがそうなのだろうか。
 分からないけれど、ともかくそこは重要じゃない。

 ふたりのことを思い出せなきゃ意味がないのだ。



 ────授業を進める先生の声が遠く霞んでいく。

 険しい表情で目を落とすと、シャーペンを握る手に力が込もった。

 いつかそのうち思い出すだろう、なんて悠長(ゆうちょう)に構えていられないのは、正直命の危険を感じているからだ。

(怖くてたまらない……)

 愛沢くんの言っていた通り、わたしはきっと階段から突き落とされた。

 また、それとは別に皮下血腫(ひかけっしゅ)があって、それは強く打ちつけたか何かで殴られた可能性がある。

「…………」

 ふたりの本性やそれぞれの異常性を目の当たりにしてきて。
 彼らは明かせない秘密を抱えていて。

 ここまで来たらもう、そう(、、)疑うべきだ。

(どっちかは……わたしを殺そうとしてる?)