「あのとき?」
気づけばほとんど反射で聞き返していた。
「……何の話?」
「それは────」
彼はふと言葉を切った。
だけど、一度口をつぐむとうつむいてしまう。
「……ごめん」
ややあって、突然手をほどかれたかと思うと、星野くんはそのまま立ち上がった。
「え?」
「今日は帰るね。ちょっと、頭と気持ちの整理がつかなくて」
そんな、と思わず心の中でこぼす。
(このタイミングで急に……逃げるみたいに)
彼はわたしと目を合わせないまま、素早く鞄を手にして扉の方へ向かう。
どこか焦っているようにも見えた。
「ま、待って」
「ごめんね、こころ」
曖昧な笑みを残して、病室から出ていってしまう。
再びひとりになったわたしに、戸惑いと違和感がのしかかってきた。
頭の中に彼らのことが蘇る。
『当たり前だろ、俺はこころの彼氏なんだから』
『なに言ってるの? こころの恋人は僕だよ』
ふたりともが確かにそう言っていた。
どうして恋人がふたりいる、なんてことになっているのだろう。
「どっちかが……嘘をついてる?」
わたしが二股をかけていたとかでない限り、そういうことになる。
吹き荒れる風でざわざわと梢が揺れるみたいに、胸の内を不安感が掠めていった。
(いったい、何のために?)
◇
病院でひと晩過ごし、バスを使って自宅へ帰ってきた。
家の中は記憶と少しだけちがっていた。
冷蔵庫の中にあるものの賞味期限や机に並んだ教科書を見て、ようやく現実感が追いついてくる。
(本当に1年経ってる……)
知らない間に2年生になっていて、知らない間に彼らと出会っていて、知らない間に恋人になっていた。
昨日は病院で過ごしたとはいえ、おとといまでこの家で生活していた形跡があるのに、そのわたしは別人のように感じられる。
────チェストの上に置かれた両親の写真に手を合わせたとき、インターホンが鳴った。
玄関のドアを開けると、そこには昨日病室で付き添ってくれていたもうひとりの彼がいた。
「あ……」
「ごめんな、いきなり来て。……心配で」
窺うような調子だった。
眉を寄せたままの硬い表情は、どこか緊張しているようにも見える。
(それで、わざわざ来てくれたの?)



