「は、話ならここで聞く」
「……分かった、じゃあ食堂でも行こうか。ここより安心できるんじゃない?」
わたしの意図をいち早く汲み取ってくれた星野くんは、自らそう申し出てくれた。
人目のない“ふたりきり”という状況に固執しないということは、少なくともいますぐわたしを害そうという意思はないのかも。
明るく広々とした食堂へ向かうと、円形のテーブルを挟んで向かい合った。
窓から午後の日差しが伸びている。
星野くんは窺うような調子で切り出した。
「記憶、は────」
「あ……うん。なくしてないし、戻ってもない。ていうか、変わらずって感じかな」
なるべく毅然とした態度を崩さないよう心がけた。
そうでないと、つけ込まれるかもしれない。
弱いわたしは寄り添ってくれる誰かを求めて、触れた優しさに依存して、そうやって隙を生んでは何度も騙されてきた。
今回また記憶を失わなかったことばかりは幸いと言える。
「そっか」
星野くんは硬い表情のまま何度か頷く。
何か言いたげだけれど、言おうとはしない。
ここのところ、というか思えば最初から、彼はずっとこんな調子だったかもしれない。
本当に言いたいことは、甘い微笑の裏に隠して見えないようにしてしまう。
わたしを取り込むための都合のいい言葉にすり替えて。
「ねぇ。記憶、取り戻したいの?」
「もちろん。……思い出したいよ。自分に何があったのか知りたい」
きっぱりそう言うと、彼はふらりと目を逸らした。
困ったような笑みを浮かべている。
「別に……そんなに焦る必要ないんじゃないかな」
「え?」
「取り戻せなくたって、過去は過去って切り捨てればいい」
思いのほか否定的な反応をされて、呆気にとられてしまう。
何ごとにも理解を示してくれて、わたしを優先してくれる彼だけれど、この点だけは譲る気はないみたい。
そういえば当初も同じようなことを言っていた。
わたしを気遣ってくれているのかと思っていたけれど、やっぱりそうじゃない。
(思い出して欲しくないみたい)
失った空白部分に、星野くんにとって不都合な何かが隠されているからだろうか。
重たげな鼓動が加速していく。
立ち込めた霧で前が見えない。
「……本当はぜんぶ、星野くんの仕業なんじゃないの?」



