嘘に恋するシンデレラ


「あの、それって……突き落とした人が自分で通報して逃げたってこともありえますよね」

「え?」

「あ、何でもないです。すみません」

 “突き落とされた”なんて騒いだら、下手したら警察沙汰になる。

 大事にしても記憶は戻らないし、彼らの出方がますます読めなくなる。

 ────頭を下げつつ廊下へ出ると、深いため息をついてしまう。

 もうたくさんだ。
 彼らの思惑に翻弄(ほんろう)され、怯えることしかできないなんて。

 どちらかは、あるいはふたりともが確実に嘘つきで、わたしを突き落としたくせに平然と心配するふりをしている。

 そんな事実に身震いすると同時にうんざりした。

 昨晩の記憶を手繰ってみる。

 歩道橋の階段の上から、確かに背中を押された。あとをつけてきた誰かに。
 奇しくも以前みた夢と同じ状況だった。

(どっちなの……?)

 ふたりともに可能性とその()があるのは事実。

 もし隼人なら、嫉妬や独占欲をこじらせた暴力の延長だろうか。
 もし星野くんなら、わたしが隼人を選んだことを逆恨みしての行動かもしれない。

 打ちつけた全身がずきずきと痛む。
 擦りむいた肌がひりひりと焼ける。

 重たい足取りで病室の前まで来ると、取っ手に手をかけた。
 ふと誰かの気配が近づいてきて顔を上げる。

「星野くん……」

 面と向かって顔を合わせるのは久しぶりな気がして、何となく気を張ってしまう。
 それでなくとも、油断ならない相手であることに変わりはないけれど。

「大丈夫? 怪我、痛くない?」

 これまでと変わらない、柔らかい眼差しと優しい声だった。
 眉を下げる彼に力なく首を横に振る。

「痛いよ……。全然大丈夫じゃない」

 隙を見せないように強がった方がよかったかもしれない。
 だけど、どうしてか星野くんの前では正直になってしまった。

「そうだよね。まだ血が滲んでる。こことか……」

 手を伸ばされて、とっさにあとずさる。
 はっとしたように腕を下ろした彼は「ごめん」と小さくひとこと告げた。

 一拍の沈黙が落ちてから、星野くんは控えめに口を開く。

「……あのさ、ちょっとだけ話せないかな。こころも辛いだろうから中入って」

 弾かれたように顔を上げた。
 その瞳を見つめてみても、思惑なんてまったく見えない。

 けれど、信用できない以上、ふたりきりになるのは怖い。
 事情を話して隼人も呼ぶべきだろうか。

(だめだ、ふたりが同じ空間にいると話が進まない……)

 きっと、また(らち)の明かない口論が始まってしまう。
 そこから得られるものなんて何もない。