翌日、わたしは砕いて粉状にした睡眠薬を持って家を出た。
タイミングを計って、愛沢くんの口にするものに盛るつもりだ。
我ながら大胆な作戦に出たと思う。
バレたあとのことを想像するだけで震え上がるくらい、とんでもない強硬手段だ。
でも、もうあとには引けない。
漫然と過ごしているだけじゃ、何も変わらないし進めない。
平静を装いながらも、彼と接する間は内心緊張が高まって止まなかった。
いつものように一緒に登校して、昇降口で靴を履き替える。
「!」
階段を上ったとき、偶然にも星野くんの姿を認めた。
目が合い、どきりとする。
「あいつ……しつこいな」
本当に偶然だったと思うけれど、待ち構えていたと思ったらしい愛沢くんがすぐさま気色ばんだ。
「隼人」
一歩踏み出しかけた彼の腕を掴んでとどめる。
こんなところで衝突して欲しくない。
愛沢くんの感情を逆撫でして下手に緊張感を高めては、わたしの作戦にも支障が出るかもしれない。
「行こ?」
「え……、ああ」
両手を絡めて腕を引き促した。
ある意味、愛沢くんに対するアピールだ。
星野くんのことなんて眼中にない、と思わせて油断させるための。
思わぬ行動だったのか戸惑ったようだけれど、大人しく従ってくれる。
わたしは去り際にちらりと星野くんを振り返ってみた。
(……?)
彼はなぜか微笑んでいた。
どこか安堵しているようにも見える、落ち着いた表情。
(……どうして?)
どういうつもりなのだろう。
何を考えているのかまるで分からない。
星野くんにとって愛沢くんは明確な“悪者”。
敵であるはずなのに、わたしと一緒にいるところを見て、どうしてそんな顔をするの?
『守れなくてごめんね』
愛沢くんからわたしを助けてくれようとしたんじゃなかったのだろうか。
星野くんの本心が霞んでいく。
彼の真意はいったいどこにあるのだろう。
奇妙な違和感が募り、困惑してしまう。
それでも、ひとまずわたしのやることは変わらない。
改めて気を引き締めたとき、ふっと息をこぼすような笑いが聞こえた。
「……どうかした?」
小さく笑った愛沢くんに首を傾げる。
「いや。こころも分かってくれたみたいでちょっとほっとしただけ」
先ほどあからさまに星野くんを避けたのが、思惑通り功を奏したみたいだった。
彼の言うことを受け入れたのだと思ってくれたようだ。
「俺を信じてくれたんだなって思ったら……何か嬉しくて」
愛沢くんの顔からは焦りや強張りが抜けていて、力を緩めているのが見て取れた。
(もしかしたら)
彼の前ではこういう態度が正解なのかもしれない。
星野くんをとことん拒絶し、愛沢くんだけを見る。
そうか、と思った。
素直に愛沢くんを受け入れれば信用してくれるはず。要は安心させればいいんだ。
そうしたら、あれほど極端に束縛されることもなくなるだろう。
(わたしが大人しく彼のそばに留まっていれば……)
意のままに出来ている限りは、高圧的に脅したり苛立ったりもしないはず。
怖い思いをしないで済む。