『ただ、好きなだけだった。俺にはおまえしかいないって思ってた。ずっと、俺だけのこころでいて欲しくて』
彼はただ、不器用なだけ。
わたしがもっとちゃんとしないと。
(わたしだけが分かってあげられる。隼人にはわたしが必要なんだ)
心の中で唱えると、そっと痣を撫でる。
これは、愛されている証拠。
愛を信じることは痛み止めだ。
(大丈夫……)
暴力なんて強引な手段をとらなくても、分かり合える日が来る。
痣のないことがいつか当たり前になる。
『散々傷つけといていまさらだって分かってるけど……だからこそ、今度は守りたいんだ』
わたしは知っている。分かっている。
本当の彼は優しいことを。
────隼人の家を出る頃にはすっかり日が落ちていた。
青みがかった黒い空に三日月が霞んでいる。
鞄を肩にかけると、夜道を歩き出した。
持ち手の部分がちょうど痣に当たって痛んだため、位置をずらして何度も持ち直す。
しばらく行ってから、思わずぴたりと足を止める。
(何か……)
どこかから視線を感じるような気がする。
言い知れぬ恐怖と不安が込み上げてきて、警戒しながらあたりを見回した。
けれど、不審な影は見当たらない。
(気のせい?)
訝しみつつもそう思い直し、再び歩き出す。
だけど、一度気にかかると不安に苛まれ、何度も後ろを振り返ってしまった。
例の歩道橋にさしかかる。
ここまで来ると人通りもほとんどない。
わたしは足早に階段を上っていった。
視線なんて気のせいかもしれないけれど、何だか胸騒ぎがおさまらない。
階段を下りようと足を踏み出したとき、ふいに耳を掠める微かな靴音。
それは確かに、背後から聞こえた。
どん、と背中に何かが当たる。
はっと息をのんだときには、足元から地面が消えていた。
バランスを失った身体が宙に投げ出される。
全身を段差に打ちつけながら転がり落ちていった。
「う……っ」
どさ、と地面に着地したあとも、視界が回り続けているような感覚が続く。
身体中に鈍い痛みが響いた。
頭がぼんやりとして力が入らない。
(痛、た……)
霞んだ視界の端を、黒い触手のような影が覆い尽くしていく。
ふっと眠るように意識を手放した。



