否応(いやおう)なしに愛沢くんと過ごす時間が増えた。

 朝も帰りも待ち伏せされてしまい、昼休みを含めた休み時間には必ずわたしのところへ来る。
 逃げ場なんてない。

 当然ながら星野くんと話す機会もなくなり、行動はかなり制限されていた。

 分かりやすく脅されているわけじゃない。
 だけど、だからこそ嫌でも察するものがあった。

 従わないと、意に沿わないとどんな目に遭うのか。
 予感はほとんど確信に変わっていて、彼との“日常”は少しずつわたしの心を(むしば)み始めていた。

(普通……じゃないよね)

 平気だと思い込もうとした。

 不器用で嫉妬深いと言う彼なりの愛情表現なのだと、分かろうとした。

 しかし、愛沢くんの態度は尋常ではない。
 日に日にそんな思いが強まって、不信感へと繋がっていく。



「落としたよ」

「あ、本当だ。ありがと、灰谷さん」

 クラスメートの男の子の落としものを拾ったり。

「こころ、聞いてよ。昨日ね────」

「なになに?」

 小鳥ちゃんと何てことのない会話を交わしたり。

 そんな些細なやり取りを交わすだけで、彼はその都度(つど)機嫌を悪くするのだ。
 そして、それをわたしに分からせないと気が済まないみたいだ。

 昼休み、いつも通りわたしの席へとやって来る愛沢くん。
 ばん、と強く机の天板(てんばん)を叩いた。

 驚いてびくりと肩が跳ねる。
 怖々としてしまいながら見上げた。

「……俺以外のやつと話すなよ」

「え……」

 さすがに冗談であって欲しかったけれど、苛立ちを募らせたような眼差しは真剣そのものだった。
 本気であることを物語っている。

「そんなわけにいかないよ」

 わたしは困ったように苦く笑う。
 だけど次の瞬間には、彼に顎をすくわれていた。

「返事は?」

 わたしの反論はまるごと無視だ。

 自分にとって都合の悪いことはぜんぶ、その耳に届くこともなければ心に響くこともないらしい。
 当然ながら、受け入れるつもりも。

「…………」

 わたしは胸の内にもやもやが広がっていくのを感じながら、そっと彼の手を押しのけるように払った。

 納得出来ない。
 だけど、反論する勇気はない。

 せめて“返事をしない”というのが、今出来る最大限の抵抗だった。

 以前のわたしのことは知らないけれど、今のわたしは愛沢くんの求める従順さなんて持ち合わせていない。

 けれど、彼は終始そんな調子だった。

 異性のみならず同性の友だちでさえ、わたしが話すと嫌な顔をする。

 何においても愛沢くんを優先しないと機嫌を損ねるのだ。
 お陰で星野くんと接する隙はもう完全に見失っていた。

(それどころか、わたしの自由でさえ……)



     ◇



 放課後も毎日愛沢くんと過ごすことを余儀(よぎ)なくされていた。

 どこかへ出かけたり、彼の家へ行ったり……。
 後者の方が多い。その方が楽みたいだ。

 何をするわけでもないけれど、愛沢くんは一緒にいるだけで満足そうだった。

 わたしを直接見張っていられるから。
 自分の手元に留めておけるから。

(……でも)