脆くて儚い、彼の表情と言葉に心臓を抉られる。
みんなに囲まれてきらきら笑っている面影はどこにもなかった。
『でも、お陰で星野くんのこと知れた』
そう言ったわたしを彼は意外そうに見やる。
晴れた屋上には柔らかい光が降り注いでいた。
『住む世界がちがう“王子さま”だと思ってたけど、案外話しやすいっていうか。そう思うと、両親のこともひとりぼっちも、不幸じゃないのかも』
痛みの波が引いていき、瞑っていた目を開ける。
星野くんが「でも」と穏やかに言葉を繋いだ。
「だからこそ、僕たちは親しくなったんだよ。同じ境遇にあるって分かったから」
彼の言葉に嘘がないことは、たったいま蘇ってきた記憶の断片が証明していた。
辛い過去なんかじゃなく“きっかけ”だったんだ。
「……そうみたいだね」
「思い出したの?」
「うん、少しだけ」
額に手を添えながら頷くと、ややあって星野くんの表情が曇った。
憂うような雰囲気を帯びている。
「きみが記憶を失ったのは、もしかしたら現実逃避の意味もあったのかなって考えてた」
「え? でも、頭を打ったからだって……」
「そうだけど、忘れたのはこころの意思かもしれない」
彼の手にいっそう力が込もった。
「それくらい、愛沢の仕打ちは度を越してたから。機嫌次第でこころに暴力を振るってたんだよ。身体に痣とか、痕跡が残ってたでしょ」
どくん、と心臓が跳ねる。
確かに当初、星野くんの言う通り不自然な痣がいくつもあった。
それも、外からは見えないような位置にばかり。
(なのに、それを知ってるってことは……)
彼には本当に、そのことを相談していたのかもしれない。
「そういう現実から、愛沢くんから、逃げるために記憶をなくした……?」
「そうかも。じゃないと、こころ自身が限界だったから」
そこまで言うと、星野くんはわたしの手を離し、大切そうにそっとベッドの上に置いた。
「何か飲みもの持ってくるね。好きにしてて」
ドアの取っ手に手をかけてから、思い出したように続ける。
「安心して。もう何も入れないから」
────彼が部屋を出ていくと、苦しさを吐き出すように深く息をついた。
どこまで信じていいものか分からなくなってきた。
彼のことも、自分自身のことも。



