「うん、そうだね。相談とか、よくうちで聞いてた。こころの逃げ場所でもあったんじゃないかな。ここなら愛沢も知らないから」
既視感に合点がいった。
昼休みに思い出した記憶────あれはここで、星野くんと話したときのものだ。
彼は一度立ち上がり、わたしのすぐ隣に腰を下ろした。
ソファーが少し沈む。
「こころ、平気? あいつの隣は息が詰まるでしょ。何もされてない? 無理してない……?」
「……大丈夫だよ」
やわく笑ったものの、次の瞬間には抱き締められていた。
「僕の前では強がらなくていいよ」
包み込むようなあたたかい温もりと優しい声。
彼の手がわたしの頭を撫でる。
ふと、身体から力が抜けた。
紅茶の味やほんのり甘いにおい、心地いい彼の想いに、酔って溶けてしまいそう。
「……ごめんね」
「え?」
「過去の話はしない、なんて酷だったね。忘れてくれてた方がきみにとっては救いになると思ってたけど」
そっと離れた彼は目を伏せる。
白い頬に睫毛の影が落ちた。
「こんなはずじゃなかった」
「星野、くん……?」
「こころのためになると思ったから。きみの幸せだと思ったから……僕は、そのために────」
消え入りそうな声だった。
わたしに言っているというより、ひとりごとに近い。
「なに……? どういうこと?」
さすがに訝しんで聞き返す。
だけど、先ほどから何だか意識に霞がかかったまま。
悪い魔法にかけられたみたい。そんな場合じゃないのに。
「でも、間違ってた。それじゃだめだったんだ。このままじゃこころは幸せにならない」
星野くんは答えることなく、言いたいことだけを一方的に告げる。
わけも分からず戸惑っているうちに目眩がした。
それを皮切りに、一気に瞬きが重くなる。
(あ、れ? 何か……すごく眠たい)
ますます身体に力が入らなくなって、気づいたらわたしはもたれかかるようにして彼の腕の中にいた。
「もう大丈夫だよ、こころ。これからは僕が守ってあげるからね」
そんな星野くんの声は、直接頭の中に響いてくるみたいだった。
耐えがたい眠気に負けて目を閉じる。
わたしの意識はそこで途切れた。
────うっすらと目を開ける。
白い天井が見えた。
そのうちだんだんと身体に感覚が戻り始めて、ふかふかの柔らかいところに寝ていることに気がつく。
「おはよう」
声をかけられてはっとする。
横を向くと、ベッドの傍らに星野くんがいた。
わたしの左手を愛しそうに包み込んでいる。



