息をついたそのとき、ふいに声をかけられた。
階段の下に星野くんが立っている。
「あ……」
少し驚きながら階段を下りていくと、あと少しのところで踏み外した。
ずる、と靴裏が滑って浮遊感に包まれる。
「……っ」
痛みを覚悟したけれど、代わりに訪れたのは柔らかい衝撃だった。
恐る恐る目を開けると、わたしは星野くんの腕の中にいた。
「大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫……!」
心臓が激しく脈打っていた。
落下する恐怖のせいか、彼のせいか分からない。
そっと離れた彼は、ほどなくして見つけたローファーを拾い上げてわたしの正面に屈み込んだ。
いつの間にか脱げていたらしいそれを履かせてもらうと、立ち上がった星野くんを見上げる。
「ありがとう」
「気をつけてね。本当、こころからは目を離せないよ」
眉を下げて笑う彼につられてわたしも苦笑した。
やっぱり彼といると心が緩んで、ほどけて、軽くなる。
「ねぇ、一緒に行こっか」
ふと、てのひらを差し伸べられる。
「行くってどこに?」
「あいつにも、誰にも邪魔されないところ」
そう言うと、星野くんは返事を待たずしてわたしの手を握った。
そのままきびすを返して歩き出す。
びっくりした。
こんなに力が強かったなんて。
たどり着いた先は星野くんの家だった。
マンションの一室に入るとリビングに通される。
掃除の行き届いた整然とした空間には、いまは彼のほかに人の気配がしない。
(何か見覚えがあるような……)
そんなことを考えていると、彼がふたつのティーカップを手にキッチンから戻ってきた。
「ごめんね、こころ。お待たせ」
「あ、ううん!」
「これ、こころが好きだった紅茶」
そう言いながらテーブルの上に置くと、星野くんが柔らかく笑む。
火照るティーカップから湯気と甘酸っぱさが香り立つ。
それを手に取ると、確かめるようにひとくち含んだ。
「……美味しい」
「よかった」
紅茶の味にも彼の笑顔にも何だかほっとして、もう少し呷った。
(これはチャンスかも)
図らずも星野くんとの時間を確保できた。
いまなら愛沢くんの目を気にすることも、チャイムに追い立てられることもない。
引かれた一線の向こう側に、踏み込めるかもしれない。
こと、とカップをテーブルに戻す。
「わたし、前にもよくここに来てたの?」



