学校に着いたのは、本鈴(ほんれい)が鳴る5分前だった。
 廊下で星野くんと別れて自分の教室へ入っていく。

「!」

 一歩踏み入れた瞬間、ぴた、と図らずも足が止まる。

(愛沢くん……!)

 机の上に彼が悠然(ゆうぜん)と腰かけていた。

 待ち構えていたとでも言わんばかりの態度で、わたしを認めるなり目の色を変える。

(どうしよう)

 あくまで中立を保っているつもりが、先ほど星野くんとあんな話をしたせいでそうもいかなくなっていた。

 どうしても愛沢くんに対する警戒心や抵抗感を強めてしまう。
 ぎゅ、と鞄の持ち手を握り締め、いすくまった。

 けれど、逃げたりすることで彼を刺激するとまずい気がする。

 それが引き金となって豹変(ひょうへん)してしまったら。殴られたら(、、、、、)────。
 気付けば自然とそんな思考に(おちい)っていた。

「隼人……」

 強い喉の渇きを覚えながら、わたしは観念(かんねん)して大人しく彼に近づいた。

 先ほどまで星野くんといたことを知っているのなら、それを責められるかもしれない。
 責められる、なんて生易しいもので済めばいいけれど……。

 苛立った冷たい表情と痛みを思い出し、つい身構えてしまう。

「こころ」

 しかし意外なことに、彼の声に怒りは乗っていなかった。

 わたしの手を引いて寄せると、そのまま両手で握るように包み込む。

「大丈夫か? ごめんな」

 声色も温もりも優しかった。
 昨日の様子の方が嘘みたいに思えてくるほど。

「俺さ、お前に嫌な思いさせたいわけじゃないんだよ」

「…………」

「不器用だし嫉妬(しっと)深いせいで、誤解させてるかもしれないけど」

 愛沢くんが俯いた。
 伏せた睫毛(まつげ)の影が、彼の表情に(うれ)いを()びさせる。

「でもさ……お前にはただ、よそ見して欲しくないだけなんだ」

 そのまっすぐな眼差しから、偽りや後ろめたさは感じられなかった。

「俺だけ見てて欲しい」

 あまりの真剣さに鼓動が響く。
 そこには疑いの余地もない。

(気持ちは分かる……かも)

 好きな人には自分だけを見ていて欲しい。
 自分だけを好きでいて、愛して欲しい。

 そういうものだ。

 揺れないで欲しい。
 騙されないで欲しい。

 彼の立場なら、きっとわたしもそう思う。
 それだけ必死にもなるだろう。