そう言うと、いっそう目を見張った。
「僕……?」
「星野くんにそんなことして欲しくない。殺人犯になって欲しくない。そんなことしたって……わたし、救われない」
はっと息をのんだ彼の手からカッターナイフが滑り落ちる。
掴んでいたわたしの手を包み込むように握り直した星野くんは、痛ましげに揺らぐ目を伏せた。
「ごめん……。ごめんね、こころのこと蔑ろにしたいわけじゃないのに」
「うん、分かってる。ありがとう」
どこまでも深く想ってくれていることも、思いやってくれていることも。
その心は本物だと信じたい。
「……でも、やっぱりやめておけばよかったね。あんなこと」
噛み締めるように呟いた声色は悔しげだった。
(“あんなこと”?)
弾かれたように顔を上げる。
けれど、尋ねる前に星野くんも視線を上げた。
(あ……)
絡んだ視線に、ぞく、と背筋が冷えて強張る。
綺麗な顔に優しい微笑み。
だけどそこに含まれているのは静かな狂気。
「僕のせいで、余計にきみを苦しめてる。これ以上、傷ついたら……壊れちゃうかもしれない。だから────」
ふいに伸びてきた手がゆっくりと、わたしの首にかけられた。
「え」
「終わらせてあげるよ、いつでも」
息をのむと、呼吸が止まる。
瞬きを忘れた瞳が揺れるのを自覚した。
「僕と一緒に死ぬ?」
柔らかな瞳には迷いも曇りもなくて、澄んでいるのにどこか虚ろだ。
見つめていると吸い込まれてしまいそうになる。
正気を奪われ、その倒錯的な愛に侵される。
「なに、言ってるの……?」
そう尋ねても、星野くんはただ淡く微笑んだまま首を傾けるだけ。
(本気……?)
危機感が這い上がってきて、慌ててその手を払った。
「……こころ?」
「やだ……っ」
精一杯強気で拒絶したつもりなのに、声は弱々しく震えて掠れる。
まともに彼を見られないまま、きびすを返すと家へ駆け込んだ。
ほんの短い距離を走っただけなのに、息が切れていた。
ドアに背中を預けて立ち止まっても、呼吸と心音が落ち着く気配はまるでない。
『僕と一緒に死ぬ?』
衝撃的な星野くんの言葉が、頭の中で響くように蘇ってくる。
わたしが弱いとか、そういう次元の話じゃない。
この動揺と戸惑いは間違ってなんかいない。
ふたりともがある意味で“異常”なのかもしれない。
本質を見極め、真実を知ることが、身を守る唯一の手段のように思えた。



