呼吸が詰まった。
考えるより先に身体が動く。
つんのめるように一歩踏み出し、その胸に倒れ込んだ。
必死でしがみつく。
「……っ」
ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。
内側に蓄積していた重く暗い感情があふれ出ていくようだった。
荒んで傷だらけになった心に、彼の思いやりが染みていく。
一瞬戸惑うような間があったあと、星野くんが背中に手を添えてくれる。
「大丈夫だよ。泣かないで、こころ」
腕の中におさまると、安心感に包まれていっそう涙が止まらなくなった。
優しさを求めてしまうのは、わたしが弱いせいかもしれない。
理解を望んでしまうのは、単なる甘えかも。
────それでも。
「たすけて……」
震える声で言う。本心が口をついて出た。
追い詰められてようやく分かった。
いまのわたしに必要なのは星野くんだ。
前を歩いて引っ張ってくれる強さより、歩幅を合わせて隣を歩いてくれる優しさを求めている。
「……分かった」
そう答えた星野くんがそっと離れる。
穏やかながら隙のなさを感じさせる、不思議な声色だった。
「きみが望むなら」
そう言うと、おもむろにポケットからカッターナイフを取り出す。
どうしてそんなもの持ち歩いているんだろう。
かちかちと刃が押し出される音が異様に大きく響いて聞こえた。
「え……っ?」
「どんなことでもするよ。こころのためならね」
薄く鋭い刃と、恍惚としてさえいるような星野くんの微笑にぞくりとした。
(どんなことでも……?)
恐怖にも似た危機感が背中を滑り落ちていく。
まさか、人殺しさえ厭わないという意味だろうか。
とても冗談とは思えなかった。
星野くんの表情は柔らかいけれど、その眼光は鋭く本気そのもので。
わたしが望めば、愛沢くんを殺してしまうつもりなのかもしれない。
それくらいのことをしてのける覚悟があるんだ。
(それは……)
正気を失っている気がする。
いくら好きだという気持ちがあったって、普通そこまでできるものじゃない。
“何でも”にも限度がある。あって然るべきだ。
(殺すなんて────)
星野くんは優しい。
けれど、倫理観や恋愛観がどこかずれているのかもしれない。
信じて頼っていいものか、分からなくなってきた。
「だめ」
カッターナイフを握るその手をとっさに掴んだ。
彼は意外そうな表情になる。
「どうして? どうしてこころがあいつを庇うの? これまで散々、苦しめられてきたのに────」
「隼人じゃなくて、星野くん自身のために」



