「あ……ごめん。痛かったよな」
はっと我に返った愛沢くんが力を緩め、わたしの髪から手を離す。
「本当ごめんな。俺、そんなつもりじゃなくて」
焦ったように言った彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
乱れたわたしの髪を、指で優しく梳き下ろしながら整えてくれる。
(……じゃあ、どういうつもりだったの?)
なんて聞けるわけもなく、大人しく口をつぐむ。
愛沢くんが分からなくなった。
1秒先が読めないから、一緒にいても全然気が抜けない。
「……大丈夫。わたしもごめんね」
そうやって笑い返し、どうにか自分を守るので精一杯だ。
強張った頬は引きつり、冷や汗をかくほど肌寒かった。
彼がもともとこうなのか、わたしが記憶をなくした一件を経てこうなったのかは分からない。
けれど、下手に抗ったり否定したりして刺激するべきじゃない。
波立てて手がつけられなくなったら恐ろしい。
愛沢くんはそのうち普段の調子を取り戻したものの、わたしのスマホをすぐに返そうとはしなかった。
何やらしばらく操作したのち、訝しむように呟く。
「……変だな、これ。何にも入ってないじゃん」
恐らく昨日のわたしのように、通話履歴やアルバムなどをチェックしたのだろう。
スマホが空っぽであることは、彼も知らなかったみたい。
(……もしかして)
愛沢くんによる監視まがいの行動は、以前からあったのかもしれない。
それを危惧したわたしは、対策としてあらかじめ空っぽにしていたのかも。
そう思ったけれど、彼はさらに続ける。
「記憶なくす前はこんなことなかったのに」
聞き流せないひとりごとだった。
どきりとする。
本当に以前からされていたんだ。
隙をなくすように常にそばにいて、スマホの中身まで逐一チェックして。
それが、わたしたちの“日常”だった?
(それが普通なの……?)
あっという間に放課後になった。
思った通り、すぐに愛沢くんが姿を現す。
「帰ろうぜ、こころ」
「うん……」
頷くほかにないのだけれど、星野くんのことが気にかかっていた。
申し訳なさが募って止まない。
一応連絡はしたものの、アカウントごと消えてしまったせいで返信も確かめられない。
だけど、想像がつく。
彼なら何も聞かずに引き下がるのだろう。
愛沢くんとちがって、あまり干渉してこない。
(でも、いまは……無理にでも来てくれたらよかったのに)
なんて思う傍ら、そんな危なっかしい選択をしないでくれてよかったとも思う。



