朝食をとりながら、じっと手首を眺める。

 昨日、愛沢くんはあのまま、学校を出てからも一向に離してくれなかった。

 強く掴まれていた手首は、しばらく赤くなって震えていた。
 今はもう何ともないけれど。

(痛かった、けど……それだけ必死だったんだよね?)

 彼にとって明確な敵である星野くんから、わたしを守ろうとしてくれた。

 自身も言っていたが、余裕がなかったのだろう。
 ただでさえ今朝の時点で、わたしが星野くんを優先してしまったから。

 理解は出来る。
 愛沢くんの意図にも感情にも、想像が及ぶ。

 しかし、気持ちがついていかない。

 手首の痛みを思い出すと、不可解(ふかかい)な痣に自然と繋げてしまう。

 本当に彼から暴力を受けていたとしたら……。

 “怖い”という漠然とした不安は、意思と反して存在感を増していく。

 それをどうにか断ち切るべくかぶりを振った。

 どちらかに肩入れしないためには、わたしは中立でいるべきだ。
 感情ではなく情報を判断材料にするべきなのだ。

 どちらが本物でどちらが偽物か。
 その答えを出せるまで、なるべく均等に接した方がいい。

(……でも正直、今はあんまり愛沢くんといたくないな)

 昨日みたいなことになったら、と思うと怖い。

 感情に支配されると、彼には声が届かなくなると分かったから。

 出来れば星野くんの方へ逃げたいけれど、それをするとあとが怖いのもまた事実だった。
 何よりそれは自分の都合を優先した結果だ。

(今日はひとりで行こう)

 学校に居場所があることも分かったし、教室にもかなり馴染んだ。
 小鳥ちゃんだっているし、昨日ほどの不安はない。



 支度を済ませたわたしは、鞄を手に玄関のドアを開けた。
 その瞬間、視界に人影が飛び込んでくる。

「……っ!」

 あまりに驚いて息が詰まった。
 弾かれたように顔を上げると、彼と目が合う。

「おはよ、こころ」

「あ、愛沢くん……!?」

 鞄を肩にかけ、悠々(ゆうゆう)とそこに立っていた。

 整った顔にたたえた強気な微笑みは相変わらず。
 だけど、今のわたしには恐怖を与えるものだった。

(待ち伏せされてた?)

 今朝は連絡をとっていなかったのに、いつからいたのだろう。

 心臓が嫌な音を立て始める。
 彼は不意に表情を消し、不機嫌そうに目を細めた。

「違うだろ」