嘘に恋するシンデレラ


 自分の身体に残る暴力の痕跡(こんせき)に怯んでしまって、愛沢くんという人を誤解しているだけなら。

 それならただ、彼と接する中で見方を変えていけばいい。
 そうして真正面から向き合うべきだ。

 ひとけのない廊下の端まで来ると、ガラスのドアを開けてバルコニーへ出た。

 穏やかな風に吹かれながら、愛沢くんが振り返る。

「ごめんな」

 意外なひとことに顔を上げた。

「俺さ、おまえに嫌な思いさせたいわけじゃないんだよ。不器用だし嫉妬(しっと)深いせいで、誤解させてるかもしれないけど」

 伏せた睫毛(まつげ)の影が、彼の表情に(うれ)いを()びさせる。

「でもさ……おまえにはただ、よそ見して欲しくないだけなんだ」

 そのまっすぐな眼差しから、偽りや後ろめたさは感じられなかった。

「俺だけ見てて欲しい」

 あまりの真剣さに鼓動が響く。
 そこには疑いの余地もない。

 揺れないで欲しい。
 騙されないで欲しい。

 彼の立場なら、きっとわたしもそう思う。
 それだけ必死にもなるだろう。

「……わたしもごめん。色々混乱して、隼人のこと一方的に決めつけてたかも」

 強引な行動だとか、ちらつく凶暴性だとか、そういう表面的な部分に(とら)われていたのは紛れもない事実。

 愛沢くんの真意を微塵(みじん)()み取ろうとしなかった。
 本物か偽物か、そればかりを考えて彼自身を見ていなかった。

 ────心象(しんしょう)や感情に左右されるべきじゃない。

 そんな理性のブレーキは、信じる方向だけじゃなく疑う方向にもかけなきゃいけないのに。

「ごめんね、もういっぱいいっぱいで」

 そのせいで、目の前の優しさに都度(すが)るしかなくて。

「……じゃあ、頼むから」

 いっそう真剣な面持ちで彼が踏み込む。

「俺を不安にさせるな」

 口調は強めでも、声色が揺れていた。

「もう離れないで欲しい、片時(かたとき)も。俺の目の届く範囲にいてくれ」

 愛沢くんの中ではきっと、目を離したせいでわたしが怪我を負って記憶をなくした、というのが真実。

 二度とそんなことを繰り返さないために守りたい。
 そう言ってくれているのと同じように感じられた。

 ちょうどそのとき、本鈴が鳴った。
 すれ違いざま、彼の手が頬を撫でゆく。

「またあとで」



 ────授業を終えて教科書とノートを閉じたとき、とん、と机の上に誰かの手が乗せられる。

 顔を上げると愛沢くんがいた。
 今朝のことがあってか、以前より苦手意識が薄れていることに気がつく。