嘘に恋するシンデレラ


 つい信じる方へと傾きかける。

 彼の話も態度もそれくらい(しん)に迫っていて、そのひたむきさを疑いたくなくて。

 けれど、最初の口ぶりではわたしが額を怪我したとき、彼もその場にいたようだった。
 あの言い方からはそういう印象を受けた。

 しかも星野くんの言い分では、どのタイミングで記憶をなくしたのか分からない。

(何より、わたしは歩道橋の下にいたはずじゃ……?)

 先生の見立ては、額を怪我したあとに階段から転落した、というものだった気がする。

 星野くんの説明との齟齬(そご)を無視できない。

 もっとも“目の前で意識を失ったわたしがそのまま病院へ搬送された”とは、彼はひとことも言っていない。

 だから、もしかしたらそのあと目覚めたわたしが朦朧(もうろう)としていて、誤って歩道橋から転落する事故が起きたのかもしれない。

(それなら説明がつかないこともないだろうけど……何か、星野くんの話は時系列とかタイミングが曖昧(あいまい)な気がする)

 (ほころ)びが見え隠れしているように思える。
 意図的に何かを隠したのか、あるいはそもそもまったくのでたらめなのか。

 いずれにしても嘘をつくということは、隠さなきゃいけない何かがあるということ。
 やっぱり、簡単には信じられない。

(怖い……)

 知りたい気持ちは山々だけれど、これ以上追及する勇気が出ない。

 彼を信じられなくなること、偽物だという可能性が出てくることをいつの間にか恐れてしまっていた。

 感情や願望に左右されるべきじゃない。
 分かっていても、いまは星野くんを失いたくなくて。

「……ありがとう、教えてくれて」

 なるべく自然に笑いたかったのに、浮かべた笑顔はぎこちなくなった。
 惑い、揺れる心を隠せない。

「ううん」

 彼は小さく微笑み、首を左右に振った。
 それ以上は何も言わない。

 過去の話はしない────というより、したくないのではないだろうか。

 ふと、そんなことを思った。

 “いま”のことはとことん気にかけてくれるのに、以前の話をするのには消極的だ。

 何かを隠している。
 わたしに知られたら、あるいは思い出されたら不都合なことがきっとあるんだ。

「こころ」

 おもむろに、いっそう優しげに呼びかけられる。

「きっと、いますごく混乱してるよね。僕たちのことで振り回しちゃってるし……。色々思い出してく中でしんどいことも傷つくこともあると思う」

 彼の手がそっと重なり、冷えた指先に温もりがほどけていく。

「だから、辛くなったらいつでも逃げていいよ。僕はこころを苦しめたくない」