嘘に恋するシンデレラ


 思わぬ言葉だった。
 驚いて顔を上げると、微妙な表情の彼女と目が合う。

「あ、愛沢くんっていうのは隣のクラスの人で、まあ……あんまり素行はよくないんだけど。見た目はかっこいいから彼を好きな人も多くてさ」

「だから……」

「そう。だから、余計に反感を買っちゃってるんだと思う」

 ────ひとつはっきりしたのは、嘘をついている“偽物”の方も、完全なでたらめを口にしているわけではないということ。

 過去の噂を鵜呑みにはできないけれど、どちらにも可能性はある。

「もしかしたらその怪我とかも、彼女たちの仕業かも」



 放課後、教室を出ていこうとしたそのとき、戸枠の部分に誰かが手をついた。

 腕で行く手を(ふさ)がれ、反射的に顔を上げる。
 そこにいたのは愛沢くんだった。

「こころ。一緒に帰ろうぜ」

 図らずも小さな迷いが生じる。
 というよりは、無視しようにもできないわだかまりに近かった。

 星野くんと愛沢くん、ふたりの主張が食い違って対立している以上、どちらか一方を選ぶしかない。

 それには必然的にどちらかを傷つけたり裏切ったりし続けることになる。
 そういう意味でも早く答えを見つけるべきだ。

(だけど……それには結局、関わってくしかないんだよね)

 ふたりと接して本質を見極める以外に見抜く(すべ)がない。
 それぞれとの時間を作って、地道にでも確かめていくしか────。

「うん、帰ろ」

 そう答えると、満足気に笑い返された。
 ふたりで歩き出してから、少し控えめに「なあ」と呼びかけられる。

「記憶のことだけどさ、あんま思い詰めんなよ」

「え?」

「無理に思い出す必要もねぇし、忘れた自分を責める必要もないってこと。記憶なくしたって、おまえはおまえだろ」

 わたしを映す愛沢くんの瞳が和らいだ。

「嫌なことは忘れたままでいた方が幸せかもよ。都合のいいことだけ思い出せば、それで」

「そんなことできるのかな」

「できるよ、俺といれば。あのときみたいに戻れる」

 励ますように彼の手が肩に置かれる。
 そのとき、ふいに締めつけるような頭痛に襲われた。

『ねぇ。誕生日、何が欲しい?』

 日の傾いた帰り道、そんなふうに愛沢くんを振り返るわたし。

 水面越しに眺めているみたいにぼやけているけれど、彼との記憶だと直感的に分かる。

『んー、別に何も。おまえがいてくれるだけで十分』

『だめだよ、それじゃわたしの気が済まないし』

『……じゃあ』

 彼はわたしの手を取って握り締める。

『一緒に過ごしたい。一日中、おまえのことひとりじめさせて』