いつからか、理由も分からないままこんな仕打ちを受けるようになったんだ。
意地悪な女の子たちから、無視や嫌がらせをされるようになった────。
「大丈夫?」
そのとき、ふいに声が降ってきた。
彼女はわたしの取り落とした雑巾を手に、天板の文字を消してくれる。
「気にしなくていいよ、灰谷さんのせいじゃないから」
驚きと戸惑いに明け暮れていると、手を差し伸べてくれる。
その手を借りておずおずと立ち上がった。
「あの……」
「わたし、クラスメートの丹羽小鳥。記憶なくしたって聞いたけど平気? 怪我は?」
「えっと、大丈夫。ありがとう」
はつらつとした雰囲気の彼女は、意地悪な女の子たちからの文句を取り合うことなく、雑巾片手に教室を出ていこうとする。
「あ、それわたしが……」
「いいの。それより、あんな幼稚な嫌がらせ気にしちゃだめだよ。無視してればいいから」
「あの、わたしって……いじめられてた?」
丹羽さんのあとを追いかけて、窺うように尋ねた。
彼女は困ったように肩をすくめる。
「いじめっていうか、ただの逆恨み。だから灰谷さんは何も悪くない」
「どういうこと?」
「……星野くんって分かる?」
水道で雑巾をすすぎながら口にされた名前に、彼の顔が浮かんできた。
頷いてみせると、丹羽さんはきゅっと蛇口を捻る。
「彼、王子さまみたいじゃない?」
その言葉の意図が読めなくて、困惑したままその瞳を見つめ返した。
チョークの粉で白っぽく濁った水が排水溝に吸い込まれていく。
「……って、女子たちはみんな言ってるの。優しくてかっこよくて完璧な、学校の王子さまみたいな存在」
「そうなの?」
「みんなの憧れだから抜け駆けは禁止、っていうのが女子の暗黙のルール。くだらないけどね」
そう言うと、丹羽さんは苦く笑った。
「でもある日、灰谷さんと星野くんが一緒に帰ってるとこ見たって子がいて。そこからふたりが付き合ってるって噂が流れるようになってさ」
「え……」
「あの嫌がらせは、それに対する嫉妬と羨望のせい。ただの逆恨みなの」
雑巾を絞った丹羽さんは、きびすを返したところで「でも」と立ち止まった。
「灰谷さん、愛沢くんとも噂になってたことがあって」



