「こころの教室はここだよ」
3階まで上がり、廊下で足を止めた星野くんにならう。
一番手前の教室だ。“2-A”とある。
「星野くんも同じクラスなの?」
「ううん、残念ながらね。僕はC組」
「そうなんだ……」
同じだったらよかったのに。
そんな落胆が全面的に声に乗ったのが自分でも分かる。
彼がいないとなると、何だか心細いような気になる。
「……寂しいの?」
振り向いた星野くんがからかうように笑う。
どき、と心臓が跳ねた。そんな笑い方もするんだ。
「そういうわけじゃ────」
「大丈夫。教室は近いし、いつでも会えるよ」
とっさに反論しかけたものの、すべてを見透かしたような彼はさらりと流して取り合わなかった。
(そっか、そうだよね)
星野くんの正体は分からない。
だけど、いまは彼がいてくれてよかったと思う。
「席は窓際の1番前だけど、入りづらいなら僕もついていこうか?」
「ううん、ありがとう。もう大丈夫」
そう言ってみせると、彼も微笑み返してくれた。
「分かった。でも、無理しないで。いつでも僕を頼ってね」
そう言い残してくれた星野くんと別れ、一度深く呼吸してから教室に入る。
その瞬間、一斉に鋭い視線を浴びた。
(え……?)
記憶や怪我のことで好奇の目に晒されたのかと思ったけれど、そうではないみたい。
自分の席を目の当たりにして、それが分かった。
「何、これ」
机の上にチョークで落書きされている。
“消えろ”だとか“裏切り者”だとか、見るに堪えない罵詈雑言の数々。
立ち尽くすわたしを遠巻きに眺めて、女の子たちがくすくすと意地悪な笑みを交わしていた。
思わずそちらを向くと、敵意にまみれた視線を突き返される。
そのとき、ふいに何かを投げつけられた。
はらりと落ちたのは薄汚れた雑巾。
「気に入らないならそれで拭けば?」
身体の芯から強張っていく感覚があった。
震える手を伸ばし、拾い上げた雑巾で天板を擦る。
悪意にまみれた言葉を必死で消していく。
手を動かしているのは自分じゃないような感じがした。
気づいたら、無心で動いていて。
「思い知った? 灰かぶりの灰谷さん」
彼女たちの笑い声が増して、耳鳴りがした。
「……っ」
思わず頭を押さえてうずくまる。
痛む頭の中にノイズ混じりの映像が浮かぶ。
(そうだ、わたし……)



