嘘に恋するシンデレラ


 過去を振り返らないということは、忘れていても思い出せなくても、責めるつもりはないということ。

 以前のわたしではなく、いまのわたしに向き合ってくれるということ。

 もしかしたら星野くんは、本当に純粋にわたしを気遣ってそう言ってくれたのかもしれない。

(それなら少しだけ、寄りかかってもいいかな?)

 彼を見つめたまま、そっと口を開く。

「あの、ね。明日、迎えにきてくれない? 一緒に学校行きたい」

「もう行くの? 大丈夫?」

「大丈夫。……たぶん、その方が色々思い出せる気がする」

 刹那(せつな)ののち、星野くんが再び微笑んだ。

「……分かった。じゃあまた明日ね」

 きびすを返して帰路についた彼に手を振り返す。
 その姿を見送ると、口を結んだ。

(何か……)

 答えてくれるまでに妙な()があった。

 ほんの一瞬だけ眉をひそめたことに気づいてしまった。
 それを見逃せるほど、鈍感にはなれなかった。

 無理に思い出す必要はない、という彼のスタンスに救われておきながら、それを(ないがし)ろにするようなわたしの発言が気に(さわ)ったのかもしれない。

 何にしても、わたしに見せている顔だけがすべてではないのかも。
 彼も彼で、何らかの思惑のもと動いている。



     ◇



 制服に着替えて待っていると、インターホンが鳴った。
 約束通り、迎えにきてくれた星野くんと顔を合わせる。

「おはよう」

「おはよ。ありがとう、来てくれて」

「ううん、これくらい当然だよ」

 屈託(くったく)のないきらきらした笑顔が眩しい。
 惜しみない想いがあふれているみたい。

 ────学校までの道を歩き出すと、何となく緊張してきた。
 鞄を肩にかけ直すと、ふわふわしたくまのキーホルダーが揺れる。

 わたしの居場所はあるのかな。
 ちゃんと溶け込めるかな。

 着慣れているはずの制服が、ずしりと重たく感じられる。

「心配しないで、こころ。困ったときは僕のところにおいで」

 何も言わなくても的確に見抜かれた。

 その言葉で張っていた気持ちが(いや)され、心が軽くなっていく。
 不安で締めつけられていたのがほどけていくみたい。

「……ありがとう」

 見知らぬ世界に迷い込んでも、こんなふうによりどころがあれば心強い。
 彼の存在にはやっぱり救われた。

「うん。一応、学校にも連絡入れてあるから。こころの怪我と記憶のこと」

「えっ、いつの間に……」

「昨日、病院から帰ってから。こころはそれどころじゃなかったと思うから、僕が代わりに」

 にっこりと微笑む星野くん。
 どこまで優しく気を回してくれるんだろう。

 よくも悪くも、彼に関しては記憶そのものよりも日常を取り戻すために尽くしてくれている感じがする。