ゆっくりと伸びてきた手が頭の横側を撫でた。
傷を避け、壊れものでも扱うみたいに優しく触れられる。
「焦ったり、自分を責めたりする必要なんてない」
「星野くん……」
「僕も過去の話はしないよ。きみを追い詰めたくないから」
さら、と髪をすくわれる。
彼がいっそう笑みを深めた。
「こころには、いまの僕をまた好きになってもらおうと思って」
のどかな春のこもれ日みたいな笑顔と優しい言葉に、自然と高鳴る鼓動を自覚する。
何だか、本当に愛沢くんとは正反対だ。
性格も考え方も、わたしへの接し方も。
少なくとも星野くんはひたむきにわたしを気遣って、安心させてくれる存在だということが分かった。
「あ……ごめん、困らせたかな。ちょっと近すぎた?」
慌てたように手を引っ込めた彼は眉を下げる。
「ううん。……前はこれくらいだったんだよね?」
つい確かめるように尋ねてしまった。
探っているみたいな声色になる。
────“過去の話はしない”と言われて、かえってとっさに少し焦りが生まれたのかもしれない。
昨日言いかけたことを掘り返されたくないから、予防線を張ったように思えてしまった。
本物の恋人なら、わたしに思い出してもらうためにむしろ過去の話をしたがるものではないだろうか。
「そうだね、前は……」
星野くんが一歩踏み込んで、ふわりとほんのり甘い自然な香りが漂う。
彼らしい、優しくていいにおい。
「もうちょっと近かったかな」
なんて、小さく顔を傾けて微笑んでいる。
決して無理に触れたりはしないけれど、だからこそ余計に距離の近さを意識させられた。
とろけるような表情と揺るぎない眼差しに、息が止まりそうになる。
これ以上近づいたら、いまのわたしでは心臓がもたない。
「そ、そうなんだ」
至近距離から逃れるようにあとずさったものの、動揺を隠しきれなかった。
「……かわいい」
くす、と笑った星野くんが人差し指でわたしの頬をつつく。
「でも、そういう顔は僕の前だけにしてね?」
つい見とれるように、じっと見上げる。
かっこいいな、と率直に思った。
紳士的な振る舞いも柔らかい表情も、どこをとっても絵になる感じ。
(この人が本物の恋人なのかな?)
そうだとしたら、わたしはきっとすごく大事にされていたんだろう。
(ううん。すごく大事にされてる、いまも)
わたしの心情を一番に優先してくれているのが分かるから安心できる。
星野くんの思惑がどうあれ、その優しさに救われたのは事実だ。



