童話のお姫様はみんな、運命の王子様と出会う。
 ふたりは恋に落ちて、深い愛で永遠に結ばれる。

 いつか、わたしもそんな幸せを掴むんだ────。



     ◇



「……ろ。こころ……」

 (ささや)くような誰かの声が耳の隙間から滑り込んできた。
 何だか眩しさを感じて、うっすらと目を開ける。

「こころ!」

 (かす)んだ視界いっぱいに誰かの顔が飛び込んできた。

(誰……?)

 少し着崩した制服姿の男の子。
 やがて焦点(しょうてん)が合うと、心配そうに見つめられていることが分かった。

「よかった、目覚ましてくれて……。焦った」

 彼はわたしの手を握り締めたまま、かたんと椅子に座り直す。
 途端に、ちかっと眩しい光が目を刺してきた。

「あ、ちょっと待ってろ。カーテン閉めるから」

 立ち上がった彼が窓に寄っていく。
 射し込んでくるオレンジ色の光。夕日だろうか。

 ぼんやりした頭はまだ覚醒しきっておらず、何ごとも意識に引っかかることなく流れていった。

(ここ、どこ?)

 きょろきょろと何気なく辺りを見回す。

 真っ白くて清潔な空間────病室?
 そう認識すると、つん、と消毒のような特有のにおいが鼻についた。

(わたし、何でこんなところに……)

 そう思った瞬間、ずきんと頭に痛みが響いた。

「……っ」

「おい、大丈夫か?」

 思わず額に触れると、慌てたような彼に支えられる。
 知らない温もりが少し怖くて、びくりと身が強張った。

 遠慮のない距離感。
 当たり前のように触れられたけれど、図らずも緊張が高まった。

「あ、あの……」

 鳴り響く頭痛が不安を(あお)る。
 心臓が重たげな音を加速させた。

 分からない。
 自分がどうして病院にいるのか。何があったのか。

 そもそも────。

「誰ですか? あなたは……」

 彼は衝撃を受けたように怪訝(けげん)な表情を浮かべ、まじまじと見返してきた。

「お前……」

 いったい誰なんだろう。
 わたしのことを知っているみたいだけれど。

(あれ?)

 わたしのことを?

(わたし……)

 わたしって、誰だっけ?