それは、とある夜。
一人暮らしのマンションで、テレビを見ていたときのことだった。
『速報!超人気歌手「Yui」が引退を発表!』
「え、嘘でしょ?」
全方面イケメンとはまさにこの人、どこから見てもイケメンで歌上手くて性格いいとかマンガかよ、と有名な歌手、「Yui」。
ついでに言えば運動も勉強もできる、ああなんて現実って理不尽。
そんなことを思ってしまうほどすごくて超人気な歌手「Yui」はなんと、ドーム公演で電撃引退を発表したらしい。
「またなんで急に…」
あれ、でも待てよ、と思ってみる。
そういえば、そういうことほのめかしていたような。
『俺、もうすぐ暇できるから』
実は「Yui」は私の幼なじみ。まあもうだいぶ疎遠だけど。
でもこの前ちょっとすれ違ったときにちょっと話をしたらちょっとそんなことを言っていたような気がしないでもない。
シャカシャカと歯を磨きながら、私はテレビを見続けた。
……うーん、それにしてもなんで急に電撃引退?確かに遊んで暮らせるお金は稼いだらしいけど。
そのとき。
ピンポーン、と家のインターホンが鳴った。
おかしいな、宅配なんて頼んでないし、今は夜だし。誰だろう?
そう思って「はい?」と返答すると。
インターホンからは、そこにいるはずのない人の声が聞こえてきた。
「俺。ちょっと匿って」
あれま。と、私は目を瞬かせた。
それは、さっきテレビに映っていた、幼なじみだった。
普通の女子高生の陽瀬 純麗、電撃引退した超人気歌手にお家訪問されたことについて。
私は、急いで出た。歯磨き中で歯ブラシを咥えたままであることも気にせずに。
「ちょっと、いきなりどうしたの⁉」
「メディアとファンに追いかけ回されてやばいからとにかく一旦匿って」
必死に走ったのか、彼の髪と服は乱れまくっていた。汗が滲んでいて、息も荒い。
この理不尽万能イケメンに耐性のある私じゃなきゃ倒れていたかもしれない。
「匿ってって……まあいいけど、どうぞ」
この幼なじみには実家に帰るという選択肢がないらしい。
なんでも、芸能界に入るときに一人暮らしを始めたとか。
でも、その芸能人としての住所はバレているのかもしれない。
だからってなんで私のところに。
問い詰めてやろうと思いながら、私は幼なじみを家に入れた。
「はあー…助かった、ありがとう」
その幼なじみ、鳳城 唯斗 はそう言ってタオルで汗を拭いた。
その姿すら様になってなんというか、流石だなあと思ってしまう。
っていうか何だっけ、メディアとファンに追いかけ回された?そりゃそうだよ、電撃引退なんかするから。
事前発表しとけばよかったのに。
「ん?なに?」
じっと見つめていたらそう聞かれた。
やべやべ、流石に見つめすぎた。
見とれてました、なんて言えなくて必死に言い訳を探す。
「……………なんでもない」
結局言い訳なんて思いつかなくて、いたたまれないまま目を逸らす。
じっと見つめていたせいで目が悪くなったかもしれない、彼はすごく輝いているから。
太陽を見たときみたいに、今は唯斗が視界にいないはずなのに、目の前にイケメンがちらつく。
やっぱり目の毒だ、唯斗は。世の中に出しちゃいけない顔だ。
そう、だから―――
だから、手の届かない、雲の上に行ってしまったのだと、そう思っていたのだ。
「匿ってって言ってたけど、これからどうするの?」
メディアとかに追いかけ回されたらしいので、一応電撃引退の理由を聞くのはやめておいた。
今その話題はされたくないだろうし。
そうして一番か二番に気になることを聞いたんだけど。
「ああ、そのことでお願いがあるんだけど」
途端に、嫌な予感が押し寄せた。
「…なに?」
自分で聞いた手前、やっぱいいやとも言えず続きを促す。
そして、彼は言った。
「この家に住みたい」
「………………」
え?
「…今、なんて」
「ん?だから、この家に住みたいなって。声小さかった?ごめんな」
違う。
そういうことじゃないでしょ、わかってるくせに。
ニヤニヤを隠しきれていないイケメンスマイルをジトッと見つめながら頭を整理する。
この家に?住みたい?
……唯斗が?
「…っ、はああー⁉」