「おはよ!」
「おはよー!」


元気な声が飛び交う、毎朝の風景。



周りからそれを冷めた目で眺め、何も言わずに真ん中を突っ切るのにも慣れてしまってきている。



高校生になってから、ひと月が過ぎようとしていた。



誰も、あたしに声をかけようとしない。



まあ当然だ。



あたしは今、絶賛陰キャ中なのだから。



誰の目にも映らず高校三年間を終えるべく、あたしは陰キャとして過ごしている。



じゃあなんで真ん中を突っ切るのって?



端っこを通れば高確率で誰かに当たり、



そして少女漫画の様にイケメン同学年かイケメン先輩に出会って恋をするといったバカバカしい未来しか見えないからだ。



そんなことになるよりは、真ん中を突っ切り、まわりが避けていってくれた方が何倍もマシだ。



そんなひねくれてる陰キャなあたしだから、友達なんて到底いないし、クラスでもはじの席をキープしている。



あたしの名前を正確に把握している奴なんて、この学校でいったい何人いるだろうか。



あたしと同じ中学からこの高校に来てるやつはほとんどいないし。



こちらが一方的に知っていて、せいぜい三名だ。



何せこの高校は、特に偏差値がいい訳でもなく、言ってしまえば頭の悪い奴が来るようなとこだからだ。



それに比べあたしが通っていた中学は進学校で、



都内有数の名門高校に何人もの生徒を受からせている様なとこだったから、こんな高校に来るやつ自体珍しい。



まあ、言ってしまえばあたしは特殊で落ちこぼれだ。



…あらゆる方面で。



あたしが知っているとさっき言った三名は、親に勝手に中学を決められ入れられたと喚いていた奴らだったから、



あたしの名前なんて覚えているわけがないだろう。



だから、あたしの名前を知っている奴はいない。



そう言いきってしまえればいいのだが、残る選択肢が、一つだけ存在する。



クラスに、律儀に全員の名前を憶えている奴がいないかどうかだ。



まあ、そんな奴今更いない、なんて思っていたあたしがバカだった。



そう、いたのだ。



たった、一人だけ。



しかも、この学校一の、人気者だ。



かぁ!少女漫画か!



思わずあたしはツッコみを入れてしまう。



家庭に特別な事情を持った女の子が?



唯一自分のことを憶えてくれているイケメン同級生に恋して?



最後は結ばれるんですか?へぇ、よかったですねぇ、ちゃんちゃん。



…なわけねぇだろ!んな完璧な物語、この世に存在してたまるかっていうのよ。



てか、だーれがあんな奴を好きになるんだっつーの。



あたしは嫌いだね。



誰にでもソトヅラのいい奴は。



まぁ、実際あたしがそれだったからこんなこと言えるんだけど。



じゃあなんで今は違うんだって?



それはね、ソトヅラいい奴で居ても、ロクなことがないってあたしが学んだから。



もう、後悔しな人生を歩むって決めたから。



だから、あたしは彼に関わらないし、彼にも関わってきてほしくない。



どうせ、何も起きやしないんだから。



コソコソ動いて、何処の泥棒ですか?



なんて揶揄われた中学三年生、三学期。



あたしはこう言ったのだ。



「てめぇらみたいにあたしはフツーじゃないんでね。泥棒でもなんでも結構。勝手に騒いでな」



どこぞのヤクザか、とツッコみを入れていただいても構わない。



あの頃は完全にグレていたのだから、仕方ないじゃないか。



誰もそれを止めるやつは周りにいなかったし、



あたしは学校と家しか往復せず、ご飯はすべて家に取り寄せておいた食材を使って自炊していたから、



気持ちをぶつけるとこが学校しかなかったのだ。



だから、あの時は中学でその鬱憤を晴らしていた。



今では、バイトを幾つも掛け持ちし、鍛え上げた営業スマイルを張り付け、



二つのカフェと二つのファーストフード店でバイトをしてお金を稼いでいる。



イライラした気持ちも抱くことがなくなった。



だからあたしは、一つ決めた。



あたし、渡辺真天(わたなべまそら)は、高校生活三年間を、


金稼ぎと大学進学のためだけに使うと。



だから、高校生活は充実していなくていいと、思っていた。



いや、思っていたのだ。



アイツに、その考えを根っからひっくり返されるまでは。