私、澪(みお)!
人気者だった中学生時代、地味子だった高校生時代。
今日は大学の入学式2日前!
私はお母さんのお見舞いに来ていた。
「お母さん…」
病院のベッドでグッタリしているお母さんは、体にはたくさんのチューブや意味のわからないたくさんの機械が取り付けられている。
お母さんはもう、余命宣告されている。1ヶ月前に、「お母様の余命は、短くて1ヶ月、長くて3ヶ月でしょう」
と言われた。
「み、お…これ」
お母さんは私に、首からさげていたネックレスの真珠をひとつ取ると、私の手に握らせてくれた。
それ以上お母さんは喋るのが困難で、どこに付ければいいのか聞きそびれてしまった。
そして次の日、聞く前にお母さんは亡くなった。
悲しくて悲しくて、次の日の大学の入学式に行かないつもりでいた。だけど、お父さんがそんなことはお母さんは望んでいないよ、入学式に行きなさい、と言われて腫れた目で入学式へ行った。
「ねぇ、聞いてよ!3年生の遠藤先輩、下の名前の榴維(るい)って誰でも呼び捨てで呼んで良いんだって。神すぎる!」
通りすがりの女子がそう言っていた。
そんなこと、私は縁のないものだと思っていた。
だって、入学して2ヶ月、未だにクラスの誰とも話したことがない私が恋とか憧れとか、意味わかんなかったから。
「私、澪(みお)!
人気者だった中学生時代、地味子だった高校生時代。
今日は大学の入学式2日前!
私はお母さんのお見舞いに来ていた。
「お母さん…」
病院のベッドでグッタリしているお母さんは、体にはたくさんのチューブや意味のわからないたくさんの機械が取り付けられている。
お母さんはもう、余命宣告されている。1ヶ月前に、「お母様の余命は、短くて1ヶ月、長くて3ヶ月でしょう」
と言われた。
そして次の日、お母さんは亡くなった。
悲しくて悲しくて、次の日の大学の入学式に行かないつもりでいた。だけど、お父さんがそんなことはお母さんは望んでいないよ、入学式に行きなさい、と言われて腫れた目で入学式へ行った。
「ねぇ、聞いてよ!3年生の遠藤先輩、下の名前の榴維(るい)って誰でも呼び捨てで呼んで良いんだって。神すぎる!」
通りすがりの女子がそう言っていた。
そんなこと、私は縁のないものだと思っていた。
だって、入学して1ヶ月、未だにクラスの誰とも話したことがない私が恋とか憧れとか、意味わかんなかったから。

ある日、昼休みに榴維のことを考えていると、まさかの榴維が現れた!
「わっ、榴維だ!」
「イケメン!」
「本物だぁ〜」
みんなが誰に用があるのかとピリピリした雰囲気で榴維を見つめる。
「澪っている?」
なんで成田さんが、という目で見られていたのは知ってたから、うつむいたまま榴維の近くへ行った。
「ちょっと校庭散歩しようか」
「はい。…この間はすみませんでした」
校庭へ出ると、花壇に植えてある花の香りが漂った。
「大丈夫だよ。俺は無傷だったし、別に澪が怪我してなければよかったから」
榴維の優しさに救われる。
その後、他愛のない話をして、昼休み終了。
教室に戻ると、案の定。
「なんで成田さんが呼び出されたんだろう?」
怒りが混じった声。
「大丈夫だよ。成田さんみたいな人は彼女になれないから」
「そっか。そうだよね」
私に聞こえるように嫌味を言ったり、鋭い視線を向けられたり。
それから私は、榴維が昼休みに私を迎えに来て、校庭で話すことが日課になった。
そして、敬語は使わなくなった。
今日はお母さんの四十九日。
昼休みは泣きそうだったので、校庭に出てうずくまった。
「澪?」
上から優しい声がふってくる。
それが榴維だということは、すぐにわかった。
榴維はなにも聞かずに私の背中に手を置いて、よしよしと撫でてくれた。…赤ちゃんのころのように。
触れられているところが温かい。
ドキドキと心臓がうるさすぎて聞こえてしまいそう。
「ううっ、お母さんっ」
グチャグチャな気持ちが混ざり合って、また涙がこぼれる。
そんな私を榴維はたくさん泣いていいんだよと言ってくれた。
「…今日ね、お母さんの…」
「うん。なんとなくわかるよ。あのね、澪。澪のお母さんは自分のために泣いてくれる澪も好きだけど、やっぱり1番は笑った顔だと思うんだ。そんなこと言ったって、無理かもしれない。だけど、いつかはケジメをつけなきゃ、やってられない。その『いつか』は人それぞれ違うから、焦らなくてもいいけどさ。…って、俺、言ってること矛盾してる?」
「ふふっ」
榴維が私のために慰める言葉を選んでくれてるって気持ちが伝わって来て、私は笑ってしまった。
「ほら、笑った方が澪には似合ってる」
私は目をゴシゴシこすって、最高の笑顔を榴維に向けた。
「まぁ、辛いときには笑うなよ。…今の笑顔はすごくいいけど」
そう言うと、プイッと顔を背けてしまった。
そこで虚しく、チャイムが鳴ってしまった。
毎日呼び出されているのに、まだ女子からの鋭い視線や悪口がとまらない。
それどころか筆箱を見ると、空っぽになっている。
誰かに取られた。
そうとしか考えられない。
次の日の放課後、下駄箱を見ると靴がなくなっているし、おまけに雨なのに、傘もなくなっている。
バッグを胸に抱えて、靴下を脱いで走る。
校庭のグチョグチョな砂の感覚は気持ち悪いし、コンクリートは痛い。
雨がさすがにひどくなってきたので、近くの建物の屋根で雨宿りさせてもらうことにした。
スマホで天気予報を見ると、あと3時間は降る予報。
絶望して目を閉じる。
このまま眠りについて、晴れるのを待とうかな…。
「…ぉ?澪!」
誰かの声で目を覚ます。
何時間寝たんだろう。スマホの時間を見ると、まだ30分しかたっていなかった。
「あ、澪!よかった。起きた?」
「ん…、榴維?なんでここにいるの?」
「なんでって、ここが帰り道だから。それより、びしょ濡れだな。傘忘れたのか?…靴も履いてないのかよ?風邪ひくぞ」
榴維のコートをかけられ、ドキッとする。
「あったかい…」
「ほら、寒かったんじゃん。靴はどうしたんだ?」
一瞬、言葉に詰まる。
「なくした!なくしちゃったよ!」
えへへと誤魔化し笑いをする。
でもすぐに泣きそうになり、顔を伏せる。
あの日のように、榴維は背中を撫でてくれた。
心臓がドキドキしているのが聞こえてしまいそう。
『お母さんは病気になっちゃったけど、澪に好きな人ができたら教えてね!恋って自覚するまでに時間はかかるけど、ドキドキしてる時点でそれはもう恋だから!』
な、なんでお母さんに言われたこと思い出したんだろう。
別に誰でもドキドキするよ。
「あっ、見ろよ、虹!」
榴維が叫ぶ。
いつの間にか雨は止んでいて、虹がかかっていた。
「ほら、行くぞ」
手を差し伸べて来たから、振り払って自力で立ち、コートを返した。
私は『したいこと』をするために大きな水溜まりに向かって走った。
榴維が後からついてきたところを、パシャリと撮る。
写真の影絵では、私たちは手をつないでいるように見えて、その上には大きな虹がかかっている。
「俺のこと、盗撮したのか〜?」
「ち、ち、違うよ!」
話題を変えたくて、水溜まりに思いっきりジャンプする。
無意識に、笑顔になれた。
「やめろよ、俺も濡れる!」
私の髪から、ポタリと雫が落ちた。
「そういえば、家どこ?送る」
「大丈夫だよ。じゃあ、連絡先交換してくれる?」
「じゃあ、の意味がわかんないわ」
榴維は文句を言ってたけど、連絡先交換は意外とはやく終わった。
榴維といると、心がぽかぽかする。
水溜まりの水を掬って榴維にかける。
榴維はやり返そうと水を掬うから、私は逃げた。
他人から見たら私たちは変人に見えるかもしれない。だけどどうしようもなく、楽しかったんだ。
中学校以来かな、この楽しさ。ううん、もっと楽しい。
それから駅まで逃げて、反対方向なのに送ろうとする榴維を振り切って電車に乗る。
「待って、ウソでしょ…最悪、成田さんじゃん」
「ホントだ〜、あれ?裸足なんだけど!汚〜い」
クラスメイトの女子と会ってしまって、気まずい。…というか、あっちが一方的に悪口を言ってる。
私は居心地が悪くなって、イヤホンをし、スマホを見た。
本当は音楽なんて聞いてないけど、悪口を聞きたくなくてイヤホンをした。スマホの画面には…榴維のアイコン。
海に日が沈むときの写真。
榴維が撮る写真って、綺麗だなぁ…
そう思ったとき、着信メッセージがあった。
『今日の虹、綺麗だったな。写真いる?』
ちょうど、綺麗って思ってたところだったんだ!
榴維、ナイスタイミング!
『いる!ほしい!』
『〈いる〉と〈ほしい〉って同じ意味じゃねぇかよ。まぁ、そんなにほしがってもらえて嬉しいけど』
あっ、写真が3枚送られてきた。
ひとつは、建物の屋根から雫が落ちてきて、画面に雫が写った瞬間に虹と一緒に撮った写真。
スライドさせていくと、次は、水溜まりを撮ったみたいで、鏡のように写ってる。
最後は…ん?私?
そんなわけないよなと目をこすってみる。
もう一度見ようと覗き込んだとき、榴維が送信取り消しをした。
今、本当に私だった?私の目が確かであれば、私が水溜まりにジャンプして、水飛沫があがったときに虹の下に私がいて…。
『ごめん。間違えて澪のこと、撮ってたみたい。すぐ消したから、心配しないで』
やっぱり、撮ってくれてたんだ…!
じわじわと頬が熱くなるのを感じる。
でも、消しちゃったのか。まぁ、そうだよね。彼女でもなんでもない私の写真なんて、いらないよね…。
マイナスな思考が浮かんできて、慌てて首を横に振る。
クラスメイトの女子2人が電車を降りて行くのを見ると、イヤホンを外して、自分の駅が呼ばれるのを待つ。
明日も頑張るぞ!
榴維が送ってくれた2枚の写真(本当は3枚だったけど)を保存して、そう誓った。
次の日、私は家にあったお母さんの靴を履いて学校へ行った。
上履きは…まだ無事だ。
お父さんは当たり前だけど、男だから、話しても『それはしょうがない、買ってあげるから、選んで』と言われそうで、根の問題は解決しないと思ったら言わなかった。
職場室に行き、訳を話して、帰るまで靴を預かってもらうことにした。私以外に渡さないでください、と釘を刺して。
教室に入り、机の中に何か紙があることに気がつく。
恐る恐る、開いてみる。
【成田澪へ
 気がないなら、榴維に近づかないでくれる?あんた、
 存在が目障りでしょうがないし、榴維に近づくなんて
 まだ100年はやいよ!つりあってないことも自覚し
 て。近づくってことは好きなんだろうけど。今度、近
 づいたら、物を隠したり、捨てたりするから。警告す
 る私は優しいからね】
その手紙を読んで、ぞっとする。筆跡で探し当てられないように、字はきたなく書いている。こんなの先生に言っても、書いた人は正直に名乗りなさい活動をして、結局名乗り出てくる人なんて現れない。だから言わないことにした。
私はすぐにラインの『榴維』をタップして、メッセージの内容を考える。
ごめんね、榴維。今度から来ないでほしいの。
ううん、なんで?ってなるよね。それは無し。
迷った末に、何も送らないことにした。それと、手紙を読んで自覚した、私は榴維のことが好きなんだと。
好きな人に、理由も言わずにもう来ないでほしい、なんて言えるわけがない。
今日も、榴維は来た。
今度は何がなくなるのだろう、と不安でしょうがない気持ちを押しやって、私は榴維と共にいつも通り、校庭で話した。
榴維に今日は少しはやく戻ってもいい?と聞くと、
『ごめん、そうだよね。毎日昼休みがあいてるわけないよね。澪にも友達がいるだろうし…』
と謝られた。はやく戻るのは、なくなった物を探すためだ。それに、私になんて友達はいないから、昼休みも本当は毎日あいてる。自分で言ったことなのに、胸が痛くなった。
帰ってくると、カバンがなくなっていた。
カバンなんて、すぐみつかるよ。
そう言い聞かせて、残りの10分で教室を隅から隅まで探したけど、なかった。
大事にされたくなかったのもあるから、昼休み以降の授業の教科書は忘れましたと嘘をつき、放課後に先生が教室を出たのを見て、もう一度教室を探した。
ない。どうしよう、カバンとなれば、お父さんに誤魔化せないよ…。
すると、廊下が賑わってきた。
身長からして3年生が廊下を通ったんだ。
あれ、もしかして…榴維⁉︎
みんなに囲まれていて、気がつかないだろうなと思いながらも見ていると、目が合って、口パクで、
『待ってて』
そう言っている気がした。
私は自分の勘を信じる!
待っている間、自分の机の中に返事の手紙を書いて入れた。
【名無しさんへ
 名無しさんの言う通り、私は榴維のことが好きです。
 だけど、関わらないことは無理です。なので、できる
 だけ関わらないようにします。
               成田澪】
なんでこんなことになっちゃったんだろう。人気者だったときの私と違って、地味な私が人気者の榴維を好きになっちゃったからかな。
「…ぉ?」
でも…好きという気持ちは、おさえるどころか、少しずつふくらんでいく。
「…ーい」
すごく複雑。私が男子で榴維が女子だったら、イジメに遭わなくてすんだのかな。うーん、それだったら私は榴維のこと、好きになってなかったのかな。
「おーい、澪?暗い顔してるけど、なんかあった?」
気がつくと、榴維が私の前でヒラヒラと手を振っている。
「あっ、榴維!いたなら言ってよ」
「…ずっと呼んでただろ。マジで呆れる」
「え!そうだったんだ…」
何言っちゃってんの?という顔をされてる。
「なんかさ、澪、暗い顔すること、多くなってる気がするんだけど気のせい?」
ギクッ。
それは私と榴維の仲のことで妬いた人がしたんだよ、なんて言えない。
「そ、そうかな〜」
全然大丈夫!と笑おうとしたけど、笑えなかった。そのかわり、一筋の涙が流れた。
「言えよ。何かあるって涙が言ってんぞ」
「違うの。あっ、見て!」
私は榴維の後ろを指差して、教室を飛び出した。
これ以上榴維の前にいたら涙が止まらないのをわかっての決断だから…。
「待てよ、澪!」
呼び止める声が遠く感じる。
きっと、彼から離れていってる。追いかけて来ないでほしい。
駅まで行って振り返ると、誰も追いかけてくる気配はしなかった。
自分で願ったことなのに、誰もいないことが悲しい。
その次の日、熱を出した。
風邪だとわかり、1日休めば体調は良くなった。
「澪、よかっな。学校に行けるぞ!」
お父さんはそういうけど、なにが『よかったな。学校に行けるぞ!』なの?
学校なんて、女子の陰湿さが増して、とにかく最低なところなのに。高校生で地味子になってしまったのは、中学生の頃、人気者の私に妬いた人がいて、ヒドイ嫌がらせをされたから。
気がつけば、言っていた。
「熱はおさまったんだけど、なんか体がダルいから、休んでもいい?」
その日をキッカケに、私は何かと理由を付けて学校を休むようになった。
あの紙はどうなったのだろう、とも思わない。完全に学校嫌いな女になってしまった。いや、女子嫌いな女になってしまった。
「澪、今日は…」
お父さんが私の部屋に入って来たタイミングを利用し、今日の学校を休む言い訳を作る。
「お父さん、今日、大福があそのスーパー安いんだって!大福、人気だから終わっちゃうかもしれない。買って来て!」
大福が安いのは本当のことだ。
「本当か!ありがとな、行ってくる!」
大福はお父さんの大好物。そんなこと言っておけばすぐに買ってくるに違いない。
自分で言ったけど、暇だ。
ピンポーン
私はどうせ宅急便の人だろうとウザくて無視した。
ピンポーン
何回も鳴らすんだよな、宅急便って。
ピンポーン
もう、どっか行ってよ!私は耐えきれなくてドアを乱暴に開ける。
「…っ。なんで?」
家の前にいたのは、制服姿の榴維だった。今日は普通の日だから、学校のはずなんだけど…?
「俺、今日、午後からなんだ」
「なんで私の家知ってるの…」
「それは先生に聞いた。意外とすぐに答えてくれたよ」
先生も榴維のこと、特別扱いしてるんだね…。さすがイケメン。性格いいし。そりゃあ、先生だって特別扱いしたくなっちゃうけどね。
「と、とりあえず上がって」
「ん。お邪魔します」
「いつからいたの?」
本当に聞きたいことがたくさんありすぎる。
「単刀直入に言う。なんで不登校になったの?」
無視か!
しかも、いきなりストレートすぎ!
「いつから…?」
珍しく榴維は、鋭い視線を私に向けた。
「俺が質問してる」
私はそれでも答える気にはならなかった。
答えたら、榴維は自分を責めちゃう。
そんなの、榴維の笑顔を奪うのと一緒。
「わかった。だけど、とにかく、リビングに来て」
私が玄関から去ろうとすると、グイッと腕を引っ張られた。
「訳話さないと、俺の彼女に…お姫様になってもらうよ?」
バ、バックハグ⁉︎
「は、なにそれ」
ダメだ。言葉と心の言ってることが反対になりすぎてる。
「一体どういう…?」
「話せ。じゃないと彼女になってもらう」
私は彼女になりたいけどね。榴維は、私が榴維のこと好きじゃないと思ってるんだ。だから私が嫌だと思ってるから、話させようとするんだ。
甘くて苦い恋。そんな言葉を聞いたことあるけど、恋なんて苦くて苦いよ。
でも、元気づけようとしてくれたことが嬉しい。
「…。隠しててごめんなさい。これだけは約束してくれる?」
「何?」
「自分を責めないで。…私、いじめられてます。榴維と一緒に虹を見た日も、放課後、私の教室に来てくれたときも…。私物が減っていくの」
泣くな。泣いたらもっと榴維が自分を責めちゃうじゃん。榴維は優しいから、責めないでと言っても責める。だから泣くな。
「気がつかなくて、ごめんな。でも、探しに行こう、今すぐ!」
榴維は私の手を引くと、玄関を飛び出した。慌てて靴を履き、鍵を閉める。
電車に飛び乗り、学校へ着く。
「私、制服じゃないけど…」
「心配ならこれ着とけ」
榴維はブレザーをぬぐと、私の肩にかけた。
「俺、実は、ブレザーの下に私服着てる」
「そうなんだ…」
「んなことより、急ぐぞ」
私もなんとか走って追いつく。
授業中の数々の教室を通り過ぎる。
「どこ、行くつもり?」
「教室は探したんだろっ、じゃあ理科室とか、そういう教室にありそうだなって」
なるほど、たしかにあり得る。
理科室を榴維、美術室を私、それでもなかったら他をあたろうということだった。
美術室のゴミ箱。その中には、ゴミまみれになった私のカバンがあった。
ああ、よかった。榴維に電話する。
「もしもし、榴維?あったよ!」
『よかったな。中身は?』
「あると思うよ」
チャックを開けて、念のため確認すると…
「ない」
『ない?ったく、隠したヤツ誰だよ。俺がぶん殴ってやろうか?』
「お手柔らかにね…」
私はまた絶望する。
教科書はどこに行ったの?困ったな。
「澪」
電話ではないところから、声が聞こえてきた。
「榴維、どうしよう…」
「教科書、理科室の危険実験器具の裏に置いてあった。だけど、数学の教科書しかなかった。カバンには何があったんだ?」
「国算理社英。それと、大切な物が…大切な人からもらったの」
榴維は一瞬顔をしかめた。
ん?何か変なこと言ったかな。
「大切な物ってなんだよ」
榴維は腕組みをし、聞いてきた。
「真珠」
「高価な物だな」
カバンを見たけど、真珠は入ってなかった。
するとそのとき、廊下から足音がした。
美術室に入ってくる!
「澪、こっちだ!」
手を引かれ、掃除ロッカーの後ろのわずかな隙間に2人で入る。
「どうするつもり?授業中は45分間続くんだよ?」
このままだと私の心臓がもたない。
「わかってる。人数が増えたとき、みんなにまぎれて廊下へ出るんだ」
そんな上手くいくかな?
10分後。先生が後ろを向き、生徒たちも先生の指示で席を立つ。
「行くぞ。手、離すなよ」
ギュッと榴維が手を握ってくれる。
ヤバい、ドキドキが止まらない。
「う、うん。わかった」
榴維と私は何気なくドアへと向かう。
「お前ら、私服で来るなんて生意気だな」
ガラの悪そうな生徒が私たちに詰め寄る。
「見逃すわけにはいかねぇからな。お前は3年の遠藤榴維か。あんたは…ふーん、かわいいじゃん。俺の彼女になったら見逃してやってもいいけど?」
私は困ってうつむくと、
「断る。嫌がってる、見ればわかるだろ」
と榴維が即答してくれた。
「ハァ?」
「それにお前こそ、俺の後輩だ。どの口きいてるんだ?」
「3年の遠藤榴維は呼び捨てでよし、敬語も使わなくていいって聞いてんだけど?」
私のためだとはいえ、2人の間にバチバチと火花が散るように見えるのは気のせい…?
「ホラ、はやく。行こうぜ、こんなヤツにかまってるヒマないんだし」
2年生の先輩がグッと私の腕をつかむ。
その瞬間__
パァァァン!
教室中に大きな音が鳴り響いた。
見ると、頬を真っ赤にした2年生の先輩が、床にうずくまっていた。
ビンタ…だよね?
なんの騒ぎかと先生や他の生徒たちが集まってくる。

私、澪(みお)!
人気者だった中学生時代、地味子だった高校生時代。
今日は大学の入学式2日前!
私はお母さんのお見舞いに来ていた。
「お母さん…」
病院のベッドでグッタリしているお母さんは、体にはたくさんのチューブや意味のわからないたくさんの機械が取り付けられている。
お母さんはもう、余命宣告されている。1ヶ月前に、「お母様の余命は、短くて1ヶ月、長くて3ヶ月でしょう」
と言われた。
「み、お…これ」
お母さんは私に、首からさげていたネックレスの真珠をひとつ取ると、私の手に握らせてくれた。
それ以上お母さんは喋るのが困難で、どこに付ければいいのか聞きそびれてしまった。
そして次の日、聞く前にお母さんは亡くなった。
悲しくて悲しくて、次の日の大学の入学式に行かないつもりでいた。だけど、お父さんがそんなことはお母さんは望んでいないよ、入学式に行きなさい、と言われて腫れた目で入学式へ行った。
「ねぇ、聞いてよ!3年生の遠藤先輩、下の名前の榴維(るい)って誰でも呼び捨てで呼んで良いんだって。神すぎる!」
通りすがりの女子がそう言っていた。
そんなこと、私は縁のないものだと思っていた。
だって、入学して2ヶ月、未だにクラスの誰とも話したことがない私が恋とか憧れとか、意味わかんなかったから。
「私、澪(みお)!
人気者だった中学生時代、地味子だった高校生時代。
今日は大学の入学式2日前!
私はお母さんのお見舞いに来ていた。
「お母さん…」
病院のベッドでグッタリしているお母さんは、体にはたくさんのチューブや意味のわからないたくさんの機械が取り付けられている。
お母さんはもう、余命宣告されている。1ヶ月前に、「お母様の余命は、短くて1ヶ月、長くて3ヶ月でしょう」
と言われた。
そして次の日、お母さんは亡くなった。
悲しくて悲しくて、次の日の大学の入学式に行かないつもりでいた。だけど、お父さんがそんなことはお母さんは望んでいないよ、入学式に行きなさい、と言われて腫れた目で入学式へ行った。
「ねぇ、聞いてよ!3年生の遠藤先輩、下の名前の榴維(るい)って誰でも呼び捨てで呼んで良いんだって。神すぎる!」
通りすがりの女子がそう言っていた。
そんなこと、私は縁のないものだと思っていた。
だって、入学して1ヶ月、未だにクラスの誰とも話したことがない私が恋とか憧れとか、意味わかんなかったから。

ある日、昼休みに榴維のことを考えていると、まさかの榴維が現れた!
「わっ、榴維だ!」
「イケメン!」
「本物だぁ〜」
みんなが誰に用があるのかとピリピリした雰囲気で榴維を見つめる。
「澪っている?」
なんで成田さんが、という目で見られていたのは知ってたから、うつむいたまま榴維の近くへ行った。
「ちょっと校庭散歩しようか」
「はい。…この間はすみませんでした」
校庭へ出ると、花壇に植えてある花の香りが漂った。
「大丈夫だよ。俺は無傷だったし、別に澪が怪我してなければよかったから」
榴維の優しさに救われる。
その後、他愛のない話をして、昼休み終了。
教室に戻ると、案の定。
「なんで成田さんが呼び出されたんだろう?」
怒りが混じった声。
「大丈夫だよ。成田さんみたいな人は彼女になれないから」
「そっか。そうだよね」
私に聞こえるように嫌味を言ったり、鋭い視線を向けられたり。
それから私は、榴維が昼休みに私を迎えに来て、校庭で話すことが日課になった。
そして、敬語は使わなくなった。
今日はお母さんの四十九日。
昼休みは泣きそうだったので、校庭に出てうずくまった。
「澪?」
上から優しい声がふってくる。
それが榴維だということは、すぐにわかった。
榴維はなにも聞かずに私の背中に手を置いて、よしよしと撫でてくれた。…赤ちゃんのころのように。
触れられているところが温かい。
ドキドキと心臓がうるさすぎて聞こえてしまいそう。
「ううっ、お母さんっ」
グチャグチャな気持ちが混ざり合って、また涙がこぼれる。
そんな私を榴維はたくさん泣いていいんだよと言ってくれた。
「…今日ね、お母さんの…」
「うん。なんとなくわかるよ。あのね、澪。澪のお母さんは自分のために泣いてくれる澪も好きだけど、やっぱり1番は笑った顔だと思うんだ。そんなこと言ったって、無理かもしれない。だけど、いつかはケジメをつけなきゃ、やってられない。その『いつか』は人それぞれ違うから、焦らなくてもいいけどさ。…って、俺、言ってること矛盾してる?」
「ふふっ」
榴維が私のために慰める言葉を選んでくれてるって気持ちが伝わって来て、私は笑ってしまった。
「ほら、笑った方が澪には似合ってる」
私は目をゴシゴシこすって、最高の笑顔を榴維に向けた。
「まぁ、辛いときには笑うなよ。…今の笑顔はすごくいいけど」
そう言うと、プイッと顔を背けてしまった。
そこで虚しく、チャイムが鳴ってしまった。
毎日呼び出されているのに、まだ女子からの鋭い視線や悪口がとまらない。
それどころか筆箱を見ると、空っぽになっている。
誰かに取られた。
そうとしか考えられない。
次の日の放課後、下駄箱を見ると靴がなくなっているし、おまけに雨なのに、傘もなくなっている。
バッグを胸に抱えて、靴下を脱いで走る。
校庭のグチョグチョな砂の感覚は気持ち悪いし、コンクリートは痛い。
雨がさすがにひどくなってきたので、近くの建物の屋根で雨宿りさせてもらうことにした。
スマホで天気予報を見ると、あと3時間は降る予報。
絶望して目を閉じる。
このまま眠りについて、晴れるのを待とうかな…。
「…ぉ?澪!」
誰かの声で目を覚ます。
何時間寝たんだろう。スマホの時間を見ると、まだ30分しかたっていなかった。
「あ、澪!よかった。起きた?」
「ん…、榴維?なんでここにいるの?」
「なんでって、ここが帰り道だから。それより、びしょ濡れだな。傘忘れたのか?…靴も履いてないのかよ?風邪ひくぞ」
榴維のコートをかけられ、ドキッとする。
「あったかい…」
「ほら、寒かったんじゃん。靴はどうしたんだ?」
一瞬、言葉に詰まる。
「なくした!なくしちゃったよ!」
えへへと誤魔化し笑いをする。
でもすぐに泣きそうになり、顔を伏せる。
あの日のように、榴維は背中を撫でてくれた。
心臓がドキドキしているのが聞こえてしまいそう。
『お母さんは病気になっちゃったけど、澪に好きな人ができたら教えてね!恋って自覚するまでに時間はかかるけど、ドキドキしてる時点でそれはもう恋だから!』
な、なんでお母さんに言われたこと思い出したんだろう。
別に誰でもドキドキするよ。
「あっ、見ろよ、虹!」
榴維が叫ぶ。
いつの間にか雨は止んでいて、虹がかかっていた。
「ほら、行くぞ」
手を差し伸べて来たから、振り払って自力で立ち、コートを返した。
私は『したいこと』をするために大きな水溜まりに向かって走った。
榴維が後からついてきたところを、パシャリと撮る。
写真の影絵では、私たちは手をつないでいるように見えて、その上には大きな虹がかかっている。
「俺のこと、盗撮したのか〜?」
「ち、ち、違うよ!」
話題を変えたくて、水溜まりに思いっきりジャンプする。
無意識に、笑顔になれた。
「やめろよ、俺も濡れる!」
私の髪から、ポタリと雫が落ちた。
「そういえば、家どこ?送る」
「大丈夫だよ。じゃあ、連絡先交換してくれる?」
「じゃあ、の意味がわかんないわ」
榴維は文句を言ってたけど、連絡先交換は意外とはやく終わった。
榴維といると、心がぽかぽかする。
水溜まりの水を掬って榴維にかける。
榴維はやり返そうと水を掬うから、私は逃げた。
他人から見たら私たちは変人に見えるかもしれない。だけどどうしようもなく、楽しかったんだ。
中学校以来かな、この楽しさ。ううん、もっと楽しい。
それから駅まで逃げて、反対方向なのに送ろうとする榴維を振り切って電車に乗る。
「待って、ウソでしょ…最悪、成田さんじゃん」
「ホントだ〜、あれ?裸足なんだけど!汚〜い」
クラスメイトの女子と会ってしまって、気まずい。…というか、あっちが一方的に悪口を言ってる。
私は居心地が悪くなって、イヤホンをし、スマホを見た。
本当は音楽なんて聞いてないけど、悪口を聞きたくなくてイヤホンをした。スマホの画面には…榴維のアイコン。
海に日が沈むときの写真。
榴維が撮る写真って、綺麗だなぁ…
そう思ったとき、着信メッセージがあった。
『今日の虹、綺麗だったな。写真いる?』
ちょうど、綺麗って思ってたところだったんだ!
榴維、ナイスタイミング!
『いる!ほしい!』
『〈いる〉と〈ほしい〉って同じ意味じゃねぇかよ。まぁ、そんなにほしがってもらえて嬉しいけど』
あっ、写真が3枚送られてきた。
ひとつは、建物の屋根から雫が落ちてきて、画面に雫が写った瞬間に虹と一緒に撮った写真。
スライドさせていくと、次は、水溜まりを撮ったみたいで、鏡のように写ってる。
最後は…ん?私?
そんなわけないよなと目をこすってみる。
もう一度見ようと覗き込んだとき、榴維が送信取り消しをした。
今、本当に私だった?私の目が確かであれば、私が水溜まりにジャンプして、水飛沫があがったときに虹の下に私がいて…。
『ごめん。間違えて澪のこと、撮ってたみたい。すぐ消したから、心配しないで』
やっぱり、撮ってくれてたんだ…!
じわじわと頬が熱くなるのを感じる。
でも、消しちゃったのか。まぁ、そうだよね。彼女でもなんでもない私の写真なんて、いらないよね…。
マイナスな思考が浮かんできて、慌てて首を横に振る。
クラスメイトの女子2人が電車を降りて行くのを見ると、イヤホンを外して、自分の駅が呼ばれるのを待つ。
明日も頑張るぞ!
榴維が送ってくれた2枚の写真(本当は3枚だったけど)を保存して、そう誓った。
次の日、私は家にあったお母さんの靴を履いて学校へ行った。
上履きは…まだ無事だ。
お父さんは当たり前だけど、男だから、話しても『それはしょうがない、買ってあげるから、選んで』と言われそうで、根の問題は解決しないと思ったら言わなかった。
職場室に行き、訳を話して、帰るまで靴を預かってもらうことにした。私以外に渡さないでください、と釘を刺して。
教室に入り、机の中に何か紙があることに気がつく。
恐る恐る、開いてみる。
【成田澪へ
 気がないなら、榴維に近づかないでくれる?あんた、
 存在が目障りでしょうがないし、榴維に近づくなんて
 まだ100年はやいよ!つりあってないことも自覚し
 て。近づくってことは好きなんだろうけど。今度、近
 づいたら、物を隠したり、捨てたりするから。警告す
 る私は優しいからね】
その手紙を読んで、ぞっとする。筆跡で探し当てられないように、字はきたなく書いている。こんなの先生に言っても、書いた人は正直に名乗りなさい活動をして、結局名乗り出てくる人なんて現れない。だから言わないことにした。
私はすぐにラインの『榴維』をタップして、メッセージの内容を考える。
ごめんね、榴維。今度から来ないでほしいの。
ううん、なんで?ってなるよね。それは無し。
迷った末に、何も送らないことにした。それと、手紙を読んで自覚した、私は榴維のことが好きなんだと。
好きな人に、理由も言わずにもう来ないでほしい、なんて言えるわけがない。
今日も、榴維は来た。
今度は何がなくなるのだろう、と不安でしょうがない気持ちを押しやって、私は榴維と共にいつも通り、校庭で話した。
榴維に今日は少しはやく戻ってもいい?と聞くと、
『ごめん、そうだよね。毎日昼休みがあいてるわけないよね。澪にも友達がいるだろうし…』
と謝られた。はやく戻るのは、なくなった物を探すためだ。それに、私になんて友達はいないから、昼休みも本当は毎日あいてる。自分で言ったことなのに、胸が痛くなった。
帰ってくると、カバンがなくなっていた。
カバンなんて、すぐみつかるよ。
そう言い聞かせて、残りの10分で教室を隅から隅まで探したけど、なかった。
大事にされたくなかったのもあるから、昼休み以降の授業の教科書は忘れましたと嘘をつき、放課後に先生が教室を出たのを見て、もう一度教室を探した。
ない。どうしよう、カバンとなれば、お父さんに誤魔化せないよ…。
すると、廊下が賑わってきた。
身長からして3年生が廊下を通ったんだ。
あれ、もしかして…榴維⁉︎
みんなに囲まれていて、気がつかないだろうなと思いながらも見ていると、目が合って、口パクで、
『待ってて』
そう言っている気がした。
私は自分の勘を信じる!
待っている間、自分の机の中に返事の手紙を書いて入れた。
【名無しさんへ
 名無しさんの言う通り、私は榴維のことが好きです。
 だけど、関わらないことは無理です。なので、できる
 だけ関わらないようにします。
               成田澪】
なんでこんなことになっちゃったんだろう。人気者だったときの私と違って、地味な私が人気者の榴維を好きになっちゃったからかな。
「…ぉ?」
でも…好きという気持ちは、おさえるどころか、少しずつふくらんでいく。
「…ーい」
すごく複雑。私が男子で榴維が女子だったら、イジメに遭わなくてすんだのかな。うーん、それだったら私は榴維のこと、好きになってなかったのかな。
「おーい、澪?暗い顔してるけど、なんかあった?」
気がつくと、榴維が私の前でヒラヒラと手を振っている。
「あっ、榴維!いたなら言ってよ」
「…ずっと呼んでただろ。マジで呆れる」
「え!そうだったんだ…」
何言っちゃってんの?という顔をされてる。
「なんかさ、澪、暗い顔すること、多くなってる気がするんだけど気のせい?」
ギクッ。
それは私と榴維の仲のことで妬いた人がしたんだよ、なんて言えない。
「そ、そうかな〜」
全然大丈夫!と笑おうとしたけど、笑えなかった。そのかわり、一筋の涙が流れた。
「言えよ。何かあるって涙が言ってんぞ」
「違うの。あっ、見て!」
私は榴維の後ろを指差して、教室を飛び出した。
これ以上榴維の前にいたら涙が止まらないのをわかっての決断だから…。
「待てよ、澪!」
呼び止める声が遠く感じる。
きっと、彼から離れていってる。追いかけて来ないでほしい。
駅まで行って振り返ると、誰も追いかけてくる気配はしなかった。
自分で願ったことなのに、誰もいないことが悲しい。
その次の日、熱を出した。
風邪だとわかり、1日休めば体調は良くなった。
「澪、よかっな。学校に行けるぞ!」
お父さんはそういうけど、なにが『よかったな。学校に行けるぞ!』なの?
学校なんて、女子の陰湿さが増して、とにかく最低なところなのに。高校生で地味子になってしまったのは、中学生の頃、人気者の私に妬いた人がいて、ヒドイ嫌がらせをされたから。
気がつけば、言っていた。
「熱はおさまったんだけど、なんか体がダルいから、休んでもいい?」
その日をキッカケに、私は何かと理由を付けて学校を休むようになった。
あの紙はどうなったのだろう、とも思わない。完全に学校嫌いな女になってしまった。いや、女子嫌いな女になってしまった。
「澪、今日は…」
お父さんが私の部屋に入って来たタイミングを利用し、今日の学校を休む言い訳を作る。
「お父さん、今日、大福があそのスーパー安いんだって!大福、人気だから終わっちゃうかもしれない。買って来て!」
大福が安いのは本当のことだ。
「本当か!ありがとな、行ってくる!」
大福はお父さんの大好物。そんなこと言っておけばすぐに買ってくるに違いない。
自分で言ったけど、暇だ。
ピンポーン
私はどうせ宅急便の人だろうとウザくて無視した。
ピンポーン
何回も鳴らすんだよな、宅急便って。
ピンポーン
もう、どっか行ってよ!私は耐えきれなくてドアを乱暴に開ける。
「…っ。なんで?」
家の前にいたのは、制服姿の榴維だった。今日は普通の日だから、学校のはずなんだけど…?
「俺、今日、午後からなんだ」
「なんで私の家知ってるの…」
「それは先生に聞いた。意外とすぐに答えてくれたよ」
先生も榴維のこと、特別扱いしてるんだね…。さすがイケメン。性格いいし。そりゃあ、先生だって特別扱いしたくなっちゃうけどね。
「と、とりあえず上がって」
「ん。お邪魔します」
「いつからいたの?」
本当に聞きたいことがたくさんありすぎる。
「単刀直入に言う。なんで不登校になったの?」
無視か!
しかも、いきなりストレートすぎ!
「いつから…?」
珍しく榴維は、鋭い視線を私に向けた。
「俺が質問してる」
私はそれでも答える気にはならなかった。
答えたら、榴維は自分を責めちゃう。
そんなの、榴維の笑顔を奪うのと一緒。
「わかった。だけど、とにかく、リビングに来て」
私が玄関から去ろうとすると、グイッと腕を引っ張られた。
「訳話さないと、俺の彼女に…お姫様になってもらうよ?」
バ、バックハグ⁉︎
「は、なにそれ」
ダメだ。言葉と心の言ってることが反対になりすぎてる。
「一体どういう…?」
「話せ。じゃないと彼女になってもらう」
私は彼女になりたいけどね。榴維は、私が榴維のこと好きじゃないと思ってるんだ。だから私が嫌だと思ってるから、話させようとするんだ。
甘くて苦い恋。そんな言葉を聞いたことあるけど、恋なんて苦くて苦いよ。
でも、元気づけようとしてくれたことが嬉しい。
「…。隠しててごめんなさい。これだけは約束してくれる?」
「何?」
「自分を責めないで。…私、いじめられてます。榴維と一緒に虹を見た日も、放課後、私の教室に来てくれたときも…。私物が減っていくの。榴維のせいじゃないんだよ。だから気にしないで…」
泣くな。泣いたらもっと榴維が自分を責めちゃうじゃん。榴維は優しいから、責めないでと言っても責める。だから泣くな。
「気がつかなくて、ごめんな。俺のせい…」
私はそれは言わない約束でしょ、とにらみつける。
「…探しに行こう、今すぐ!」
榴維は私の手を引くと、玄関を飛び出した。慌てて靴を履き、鍵を閉める。
電車に飛び乗り、学校へ着く。
「私、制服じゃないけど…」
「心配ならこれ着とけ」
榴維はブレザーをぬぐと、私の肩にかけた。
「俺、実は、ブレザーの下に私服着てる」
「そうなんだ…」
「んなことより、急ぐぞ」
私もなんとか走って追いつく。
授業中の数々の教室を通り過ぎる。
「どこ、行くつもり?」
「教室は探したんだろっ、じゃあ理科室とか、なんとか室ってところにありそうだなって」
なるほど、たしかにあり得る。
理科室を榴維、美術室を私、それでもなかったら他をあたろうということだった。
美術室のゴミ箱。その中には、ゴミまみれになった私のカバンがあった。
ああ、よかった。榴維に電話する。
「もしもし、榴維?あったよ!」
『よかったな。中身は?』
「あると思うよ」
チャックを開けて、念のため確認すると…
「ない」
『ない?ったく、隠したヤツ誰だよ。俺がぶん殴ってやろうか?』
「お手柔らかにね…」
私はまた絶望する。
教科書はどこに行ったの?困ったな。
「澪」
電話ではないところから、声が聞こえてきた。
「榴維、どうしよう…」
「教科書、理科室の危険実験器具の裏に置いてあった。だけど、数学の教科書しかなかった。カバンには何があったんだ?」
「国算理社英。それと、大切な物が…大切な人からもらったの」
榴維は一瞬顔をしかめた。
ん?何か変なこと言ったかな。
「大切な物ってなんだよ」
榴維は腕組みをし、聞いてきた。
「真珠」
「高価な物だな」
カバンを見たけど、真珠は入ってなかった。
するとそのとき、廊下から足音がした。
美術室に入ってくる!
「澪、こっちだ!」
手を引かれ、掃除ロッカーの後ろのわずかな隙間に2人で入る。
「どうするつもり?授業中は45分間続くんだよ?」
このままだと私の心臓がもたない。
「わかってる。人数が増えたとき、みんなにまぎれて廊下へ出るんだ」
そんな上手くいくかな?
10分後。先生が後ろを向き、生徒たちも先生の指示で席を立つ。
「行くぞ。手、離すなよ」
ギュッと榴維が手を握ってくれる。
ヤバい、ドキドキが止まらない。
「う、うん。わかった」
榴維と私は何気なくドアへと向かう。
「お前ら、私服で来るなんて生意気だな」
ガラの悪そうな生徒が私たちに詰め寄る。
「見逃すわけにはいかねぇからな。お前は3年の遠藤榴維か。あんたは…ふーん、かわいいじゃん。俺の彼女になったら見逃してやってもいいけど?」
私は困ってうつむくと、
「断る。嫌がってる、見ればわかるだろ」
私の代わりに榴維が即答してくれた。
「ハァ?」
「お前こそ俺の後輩だろ?どの口きいてんだ?」
「うっせぇ。ねぇ君、こんなヤツとかまってるヒマねぇし、はやく行こうぜ」
腕をつかまれた次の瞬間__
パァァァン!
大きな音が教室中に鳴り響いた。
2年生の先輩の方を見ると、片方の頬だけ真っ赤になっていて、床にうずくまっていた。
なんの騒ぎかと先生や生徒たちが集まってくる。
「逃げるぞ」
「え?」
榴維にしては少し強引に私の腕をつかんで__
ためらうことなく、私の手を握った。
「先生っ、あいつらが私服で来たことを注意したのに、なぜか殴られて…」
さっきの先輩が先生にウソの事を言っている。
「そんなんじゃありません」と踵を返そうとしたら、「バカ、そんなこと言っても信じてくれねぇだろうし、逃げた方が2人の時間が増えていいだろ」と榴維は言っていた。
2人の時間が増えていいって、どういう意味だろう。特別な意味ではないんだろうけど、今だけは私しか聞いてないんだし、特別な意味で言ってもらえたって思っちゃおう。
触れている手のひらから、体中が暖かくなっていく。
先生が追いかけて来ている。
「先生、授業中じゃねぇのかよ」
と榴維がつぶやいたけど、だよね、と言える状況じゃなかった。
だって、手をつないでいるんだもん!
「こうなったら…お姫様だっこと、別々で逃げる、どっちがいい?」
「…ぇ?」
私から出たのは、かすれた小さい声だった。
お姫様だっこ?どういう…。
頭を整理する前に、体がヒョイと持ち上がった。
え?えっ、ええ?
「他のヤツらにはヒミツにしとけよ」
きゃあ、と黄色い歓声をあげるのをぐっと我慢する。
ヒミツという言葉がくすぐったい。
だって、私たち2人だけの事だもん!
校舎を飛び出して、校庭に出る。
「まだ先生が来る…」
校舎の裏にまわりこんで、隠れそうな場所を探す。
「ん?」
榴維が錆びた(ほとんどツタやツルがからまってフェンスに見えない)フェンスをグッと上に持ち上げた。
「入れそうだね」
「そうだな。入るか」
入ったとはいえ、虫やボウボウに生え放題の植物が多くて体がかゆい。
「今度、ここ草を刈っとくかな…」
なんてかゆすぎて榴維はぼやいてるし。
「ったく、誰だったんだよアイツら。顔を見てないから叱ることもできないしなぁ」
先生のつぶやきが聞こえて、サッと身を隠す。
こういうときだけ、草がいっぱいあって助かった…!
しばらくして先生は去っていった。
「ふぅ、助かったって…え?」
見覚えのある物がここにあった。とっさにしゃがみ込む。国理社英の教科書と、真珠。
「榴維、あったよ!あった…!」
榴維に報告すると、私の隣に腰をおろしてくれた。
私は真っ白なハンカチで真珠を包むと、胸元に当てた。
お母さん、私はこんな素敵な人に出会えました。そして私は生きています。生きているって、本当に幸せなんですね。
そう、心の中で告げた。心の中が温かくなる。
「よかったな」
榴維はなぜかムッとしている。
どうしよう、本当は迷惑でしかなかったのかな。自分のせいだからって付き合ってくれただけで、時間がかかり過ぎだって怒ったのかな。申し訳ないよ…。
「ごめん」
うつむきながら言うと。
「ごめんって言うなよ。真珠があれば澪は幸せなんだろ?」
そうは言ってくれるけど、明らかに怒っている。
そんなことないよ、と言っても意味がないと思ったし、
「そうなんだよ。この真珠を持ってると、すごく安心するんだ」
正直に言った。
「ふーん。…その人は、今どこにいるんだ?」
私が人差し指で澄み切った青空を指差すと、榴維はハッと息を呑んだ。
「澪は、まだその人のことが好きなのか」
「うん。いつまで経っても、ずっと、ずうっと大好き」
榴維は立ち上がると、「教科書あってよかったな。それと…真珠も」と言い残して行ってしまった。
錆びたフェンスの音もやがては聞こえなくなる。
どうしよう、榴維を怒らせてしまった。
明日、学校へちゃんと行って榴維に謝りに行こう。
周りにどう見られようが、関係ない。だって、明日だけだから。
私は錆びついたフェンスを持ち上げ、その日は家に戻った。

何日ぶりだろう、学校は。
お父さんも嬉しそうに家の前でお見送りしてくれた。私の姿がお父さんの視界から消えるまで見ていた。
「おはよー」
ゴミまみれのカバンはほこりを落として綺麗にしたし、何も気にしない!と自分に言い聞かせる。
休み時間の度に3年生の教室まで行ったけど、榴維の姿はなかった。
そうしてむかえた昼休み。
ボォォォォォン
と、さっきから校舎の裏側から芝刈り機の音がうるさい。花壇は校舎の前だし…。
嫌な予感がして、教室を飛び出した。念のため、カバンと教科書と筆記用具を持って。
昨日の錆びたフェンスを持ち上げる。
「やっぱり…」
つい、そう言葉をこぼしていた。
榴維は昨日つぶやいた言葉を実現していた。
「澪!一緒に刈る?」
榴維に満面の笑みでむかえられ、笑顔がひきつる。
「どうしたの、その芝刈り機は…」
「ん?休み時間の度に園芸の先生に交渉しに行って、ようやく貸してもらった。これで、誰にも見られなくて済むな」
え?誰にも見られなくて済む…?
「昼休みに2人で話せる…そうだな、秘密基地ってヤツ」
きゅん。
榴維が好きだ。唐突にそう思ってしまった。
榴維とのヒミツばかり増えていく。
「そういえば今度1年、テストあるんだっけ」
「うん。高校生のころの復習とかなんとか」
「わかるか?」
イタズラっぽく微笑まれ、心臓がまたもや音を立てる。
それほどわかるってわけじゃないけど、わからないわけでもない…はず。
「明日、教えてやるよ」
ってことは、秘密基地で、2人だけのヒミツの勉強⁉︎勉強どころじゃないよ!心臓がもつかどうか…。
「あ、ありがとう」
そして無情にも、チャイムが鳴る。
もう少しここに2人でいたかった…。
あ、結局謝るの忘れちゃった。また明日でいいよね。
次の日の昼休み、謝ることをまたすっかり忘れた私は、草ぼうぼう、雑草伸び放題…ではなく、昨日榴維が刈ってくれた場所にいた。
「ごめん、待った?」
榴維は目の下に濃いくまをつくってやってきた。
「大丈夫だよ。榴維、寝不足?」
「平気。それより、テストいつなの?」
「えっと、再来週の金曜日、かな」
榴維はうなずくと、ノートと筆記用具を広げ始めた。それにならうように、私も準備する。
「まずはここからだな…」

家に帰って来て、ふ、と1人で笑みをこぼしていた。
昼休み、榴維が私だけに教えてくれた特別授業。普段の授業はめんどくさいとしか感じないけど、榴維の授業は永遠にできる。
次の日も、榴維は昨日より濃くなったくまをつくってやってきた。
「やっぱり、寝不足でしょ?」
「ん〜大丈夫」
ボーッとしていて上の空の榴維を横になってもらうようにうながす。
少ししてから、すぅすぅと寝息を立てはじめる。私はその寝顔をじっと見つめて、これまで2人で過ごしてきたことを思い返していた。
いきなり廊下でぶつかってしまったけど、怒らないどころか心配してくれた榴維。お母さんの事で悲しんで立ち直れないほどの私をなぐさめてくれた優しい榴維。物がなくなって、雨宿りしていた私をみつけてくれた榴維。そしてなによりも__2人で見た虹。
ドキドキが加速していく。榴維のノートが開きっぱなしだったので、閉じようとした手をピタリと止める。
え…。
びっしりと書かれたノートには、夜しかやっていないようなオンライン授業の内容がたくさん書かれていた。これも全部、私のために…?
慌ててノートを閉じる。
「ありがとう、榴維。…好きだよ」
寝顔にそっとささやく。
聞こえていたらマズかったけど、幸い寝たまま。
チャイムが鳴るまで、榴維はずっと寝ていた。起こすのが惜しい。
「榴維、鳴ってるよ」
「え、ありがと」
寝起きの声すら心地良い。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、2人で秘密基地で勉強をしたり、お昼寝をしたりした。
私は今日も、榴維と2人きりの時間を過ごすのを楽しみにしていた。
ギギィ、と錆びたフェンスを開ける音がする。
「榴維…え?」
「榴維様じゃなくて悪かったね」
そこには前、私が裸足で電車に乗ったとき、汚いと言ったクラスメイト達だった。(名前は分からないけど)
「ここを秘密基地にしてたんだ…ふーん。成田のあとをついて来て良かった」
「付き合ってないんでしょ?よく堂々と榴維なんて呼び捨てできるよね。それに、敬語もなし!意味わかんないわ〜」
言われるがままに、私はじっとしていた。
いつか飽きるに違いない。だから大丈夫、と言い聞かせた。
またギギィ、とフェンスの音が響いた。
「へぇ」
ゆっくりと草をふみしめながら、こちらに来ている。
「そうやっていじめてるんだ。あんたたちか知らないけど、こっちはあんたたちがいじめるせいで2人の時間が増えるんだぞ。なのになぜ俺たちの時間を増やす?そうやって憎んで、嫉妬して、何ができる?」
榴維。
彼の瞳には、ゆらゆらと炎が灯っていた。
「ご、ごめんなさい!」
クラスメイト達はフェンスをくぐり抜け、去ってゆく。
「なぁ、澪」
私を見つめる目は、すごく真剣だった。
「ここで言うのもアレなんだけど、俺たち付き合わない?」
ああ…。泣きそうになった。
「ごめんね…」
それしか言えなかった。
私はそれだけ言い残すと、フェンスをくぐった。
そして、無我夢中で教室まで走る。
榴維は優しいんだよ、もう!今は優しさが辛い。
榴維ほど優しくなければ、好きじゃない人に付き合おうなんて言えない。私にたとえると、男子がいじめられて、その男子のために付き合う…なんて有り得ない。私はそんなことできない。
「ああ、もう!この気持ちなんて消えちゃえばいいのに…」
それなら苦しい思いをすることはなかっただろうに。
机に突っ伏して、ため息をこぼす。
「気持ち、消えちゃったら何も感じられないんだよ。楽しいこともできなかったってことだよ」
顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたクラスメイトがいた。(もちろんこの子も名前を知らないけど)
「えっと…」
「髙橋です。髙橋、蘭と言います」
「たかはし、らん…」
そのまま私はオウム返しをする。
「今まで見て見ぬふりをしていてごめんなさい。でも、あんなひどいことしてる人達と同じにされたくなくて」
髙橋さんはすごい。
いじめられている人と話したら、裏切り者と罵られるかもしれない。髙橋さんがいじめられるターゲットになるかもしれないのに。
「ううん。…ありがとう。確かに、そうだね。気持ち、あってよかった!」
髙橋さんはまた微笑する。
この微笑みが温かい。お母さんを思い出す。
私は笑顔でうなずき返した。
髙橋さんともっと関わってみたくて、不登校なんてもう考えられなくなった。
昼休みに秘密基地に行かなくなってから、もうすぐ1週間が経つ。
私は行かないのがもどかしいと思いながらも、行ったらどんな顔で会えばいいのかわからなかった。
「誤解、解いてみたら?」
「え?」
髙橋さんが唐突に告げるから、おどろいた。
「独り言」
誤解…なんのこと?
「昼休み、行かなくていいの?」
髙橋さんは意味ありげに目を細めて、その場を去った。
榴維と私は、何かすれ違ってることがあるの?
私は無意識に秘密基地に来ていた。
でも彼の姿はここになかった。
やっぱりね…、私と会わないのにわざわざここに来るはずがない。
フェンスをくぐって、トボトボと教室に戻る帰り道。
「澪?」
よく知っている声だ。
「榴維…」
「この間は告ってごめん。でもどうしようもなく、澪のことが好きだったんだ。…今も」
「榴維。榴維は好きな人と付き合ってほしいの。私のいじめをなくすために付き合わなくていいよ」
自分で向けた笑顔に胸が痛む。
「は?澪こそ好きなヤツいるんだろ、もうこの世界にはいないけど」
「え?」
待って、意味がわからない。どういうこと?私、好きな人いるって言ったことあったっけ?しかも、本人に?
「真珠のヤツだよ」
「え、あれ、お母さんからもらった物だよ」
今度は榴維がキョトンとする番。
「ふーん。で、澪は好きな人いんの?」
「榴維のことが、私、好きなの!榴維に刺激されて友達づくりもはじめるようになった。だけど、榴維は本当に好きな人じゃなくて、私のために告白した…」
即答してしまった。これでは榴維が余計に断りにくくなるじゃない、もう、何やってんの私!
「俺?」
「うん」
ああっ、またやっちゃった!
「ああっ、今のはっ、その…」
「俺たち両思いじゃん。お互い、勘違いしてたってことだな」
あのときの告白は、本当に私のことが好きだったからなの?ウソッ、私の好きな人が、私を好きになってくれるなんて…!
神さまありがとう、神さまありがとうございます‼︎
「俺、また秘密基地みつけたから」
「どこ?連れて行ってよ。どこにでも」
「屋上」
そこでチャイムが鳴り、放課後に約束をした。屋上につながる非常階段をみつけたらしい。
私もその階段を登った。
榴維はもうすでにそこにいて、榴維は私の手をとった。
「俺の願い、聞いてくれる?澪もしていいから」
「うん」
キスをされたい。私が願うのはそれだけ。
「澪、目をつぶって」
榴維は私の頬にキスをした。
私の顔も夕焼けも赤く染まっていた。
手を繋ぐ私たちを、夕焼けが照らし、恋人つなぎをする影がのびていた。
今度こそ、本当に手をつないでいる。手をつなげる日が来ることを、嬉しく思う。