保健室のドアが開いた。

梨花が恵麻と美貴とともに入ってきた。
豪快に真っ平らなところで転んで、
膝と額に怪我を負った。

「先生!絆創膏お願いします。」

「あれ、朔斗。
 頭怪我して、倒れたのって朔斗だったの?」

 梨花が頭に氷を乗せている朔斗を見て言った。

「……。」

 何も話したくない朔斗は寝返りを打って、
 窓の方に体を向けた。

「あら、どうしたの?
 梨花さんね。
 絆創膏は何枚必要?」

「えっと、額と膝、あと手のひらで
 3枚お願いします。」

「なんでまぁ、どこ見てて転んじゃったの?」

「体育の時に野球をしていた男子を見てたんですが、
 空に虹が出てるのも気になってたら、足元見てなくてコテンって転びました。」

「はぁ、よそ見してたってことかしら。
 おっちょこちょいね。
 はい、絆創膏貼りました。
 消毒もしっかりしたから、大丈夫。」

「ありがとうございます。
 恵麻、美貴、ついてきてくれてありがとう。
 教室戻ろう。」

「うん。絆創膏貼ってもらって安心だね。」

「そうだね。」

「ほらほら、次なんだっけ。
 齋藤先生の日本史だよ。
 あの先生、厳しいんだよね。
 急ごう。」

「うん。そうだ、そうだ。
 行こう。 
 ……朔斗、お大事にね!」

 梨花はそっと声をかけて、
 保健室を出た。 
 ぐるっと、寝返りをして、
 振り向いたかと思うと元に戻った。

朔斗は梨花に一言
声をかけられただけで
本当は嬉しかった。

頬を少しだけ赤くして、眠りについた。



****


「そういやさ、駅前の公園に捨て猫が
 ダンボールに入ってたの知ってる?」

 ある昼休みに浅野恵麻は、
 頬に米粒をつけながら
 話していた。

「恵麻、こっちにご飯つぶがついているよ。」
 美貴が頬を指さして教えていた。

「あ、ごめん。ありがとう。
 帰りにその猫見に行かない?」

「恵麻は猫派なんだね。
 私も犬より猫派だよ。
 でも、待って。
 駅前の公園って、帰る方向反対でしょう。
 遠くならない?」

 梨花が、お弁当のりんごをしゃりしゃり
 食べながら言う。

「うん。大丈夫。
 迎えに来てもらうから。」

「そっか。あれ、美貴は?」

「私、今回無理。ごめんね。
 塾行ってるんだ。」

「そうなの。
 大変だね。忙しいじゃん。」

「親がね、うるさくて。
 別に成績悪いわけじゃないんだけど、
 大学受験に失敗欲しくないみたいで。
 私は専門学校でもいいって言ってるんだけど。」

 美貴は、ブツブツと行きたくない塾の話をした。
 それでも生き続けるのは
 かっこいい塾の先生がいるからだそうだ。
 行きたくないと思いつつも行く理由を作っている。


「んじゃ、猫の写真思いっきり撮ってくるね。」


「うん、お願いします。
 動画でもいいよ。」


「わかった。」


 梨花と恵麻は、捨て猫が気になって仕方なかった。
 午後の授業がまともに頭に入ってこない。

 数時間後、

「んじゃ、また明日ね。」

「うん。塾頑張って。」

 梨花と恵麻は、美貴に手を振って別れを告げた。

 今週はテスト週間で部活動は休みになっていた。
 明るいうちに帰れるのだ。

 放課後となれば、いつもはバラバラとなる
 昇降口も混み合っていた。

 靴箱で履き替えていると、
 左側で朔斗が静かに靴に履き替えているのが
 見えた。


「朔斗!」


「……。」

 普通に無視をして通り過ぎて行く。
 ポケットに両手を突っ込んでいる。
 雰囲気はよろしくない。

「梨花、大丈夫?」

「うん、いつもあんな感じ。 
失礼でしょう。」

 恵麻が心配して声をかけてくれた。

「まぁ、気の知れた関係ってことじゃなくて?」

「幼馴染だからわかるんけどさ。
 でも、無視は誰でも傷つくでしょう。」

「まぁ確かに。
 でも梨花、朔斗くんと付き合ってるわけ
 じゃないんでしょう。」

 梨花は頭に疑問符を浮かべた。

「うん。そうだけど、
 なんで恵麻、そんなこと聞くの?」

「結構、朔斗くんってモテモテみたいよ?
 中学の子かな?制服の違う後輩女子から
 声かけられてるの見たことある。」

「げ。嘘。そうなの。
 あの無視するやつが?
 全然優しくないのに?」

「梨花、優しさと見た目は別でしょう。」

「……そうだけど、まさか朔斗が。」

「私もかっこいいって思うもん。
 見た目わね。」

「え?そうなの?
 告白する?」

「いや、しないしない。
 私、イケメン苦手。
 話せないから。」

「へーそうなんだ。
 でもそれって好きって意識してるんじゃなくて?」

「…いいから。
 猫、見に行くんでしょう。」

「あ、そうだった。」

 恵麻と梨花は、学校から駅に向かう道を
 まっすぐ歩いた。

 駅前の近くにある公園で噂通りのダンボールが
 置いてあり、捨て猫拾ってくださいの
 文字があった。

 本来ならば、動物は捨ててはいけないという法律があるが、どうしても飼えない事情があったのだろう。

ダンボールの中には温かそうな飼い主のシャツと
タオルがモコモコ入っていた。餌も多めに入ってる。

本当は捨てるつもりはなかったじゃないかと
思うくらいだ。

猫の種類は、スコフィッシュフォールド。

とても人気な種類で本来ならば
可愛がられるはずのものだ。

現実は残酷なものだ。

梨花は抱っこしてみた。

「にゃぁお。」

と言って、ぺろぺろと鼻の頭を舐め始めた。

「か、かわいい!!」

 梨花はずきゅんと胸打たれた。

「次、私も抱っこさせて。」

「ほら、可愛いよぉ。」

 梨花はすぐに恵麻にどうぞと抱っこを譲った。

「愛着湧いちゃうよね。」

「可愛くない?
 てか、捨て猫っていう割にすごい体綺麗だし。
 まだここに来て時間経ってないよね。」

「えーー、猫欲しい〜〜〜。」

「ウチも猫欲しいけど、犬飼ってるから
 それにハムスターもいるし、難しいかな。」

「…お前のうちは無理だよ。」

「え?!」

 恵麻と2人で話していて
 後ろから声をかけたのは朔斗だった。
 朔斗も大の猫好きで様子を見に来た。

「お前のウチの母ちゃん、猫アレルギーだろ。」

「あーー、そうだった。
 飼うのは無理か…。」

 梨花はものすごくがっかりした。
 そっとダンボールに戻して、
 手を振って猫と別れようとした。

 恵麻と一緒に駅の中にいこうとすると、
 さっきまで近くにいた朔斗が猫の入った
 ダンボールの封をして、電車に乗ろうとする。


「え、朔斗、まさか。」

 梨花は朔斗に声をかけた。
 朔斗は指で静かにのポーズを取った。

 猫好きはこれだからと梨花の顔が緩くなった。